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2022年11月17日 (木)

突っ込む

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 本日も気持ちよくお休みなっている「ちち(仮名)」さん。ボージョレィ・ヌーヴォーの解禁日でしたので、妻と娘と3人で1本あけて、暫時自然死して、朝までまだ時間があるからもう一度寝直そうか、あ、Blogの更新してないぞ・・・という飼い主です。私のような者が毎日続けなければならないことをしている、それ自体がおかしなことなのですが、これもお得意の惰性というヤツでしょうか。

 その昔、1983年頃には、酒屋でヌーヴォーと言ったら鼻で笑われたものでした。兄ちゃん、ワインってもんはなぁ、仕込んで何年か経ってから呑むもんやねんで。覚えときや、と。その後、岡本太郎さんあたりが中心になって盛り上げてくださって、今では普通になりました。酒屋で笑われた兄ちゃんが学校の先生になったとき、勤めていた学校の女子生徒はセイラー服。とっても小さな、飾りみたいな胸ポケットに生徒手帳をねじ込んでいるものですから、これがよくトイレに落ちて、そうなると若手の出番となるのです。

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 急速にその姿を見かけなくなりつつある和式の便器ですが、令和の時代になっても学校ではそれが主流です。学校にお金をかけても票につながらないので、政治家も知らん顔。今も使われている化石を見たければ学校に行け、というのは常識です。そこには建物とその中味、使われている道具だけでなく、それを使って子どもたちを指導する先生(の意識)と、古いものが揃っています。

 水洗式の和式トイレを見ると、水がたまっている部分があります。あの水は封水といって、取り除くと地獄の底から悪臭が噴き上がってくるのですが、そこに手首まであるゴム手袋をつけた手を突っ込むのです。水のたまっているところの先では、水の通り道が一旦上に上がり、また下がるという形になっています。その部分に生徒手帳がつっかえていれば、無事救出することができますし、9割以上、そこにいます。その先へ進んでしまったものについては、設備屋さんの手を煩わせることになります。

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 そんなちっちゃなセイラー服のポケットにも収まるのが、この萬年筆。上下二段の写真の下の方を見れば明らかなように、キャップを嵌めるときには胴軸の一部が縮みます。いや、むしろ上の方のような状態を見ることはありません。これは、キャップを外してからわざと胴軸を押し込んで撮ったものです。私が若かった頃には、実際、こんな萬年筆を持っている生徒もいました。残念なのは、その頃の私がまだ萬年筆趣味な人ではなかったこと。1980年代半ばに萬年筆趣味の人になっていたならば、今頃はもっと充実したコレクションが手元にあったはずです。

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 キャップをポストした状態で、手近に転がっていた萬年筆達と並んで記念撮影。左はペリカンの#500、右はモンブランの146。現行のM400あたりとほとんど変わらない筆記時の長さだということがわかります。

 その後、毎年3月に襲ってくる、指導要録という名の書類を書く作業、これを何とか楽しくやり過ごしたいという一心で、最初はゲルインクやら水性やらのボールペン、そして萬年筆へと、そう、私の趣味は、仕事から逃げるために始まったのです。

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コメント

私も、始まりは同じです!
ご無沙汰しておりました。
4月に再任用満了した身でしたが、教員不足ということで、5月中旬に常勤講師として復帰していました。若手の女性講師と共に仕事をすることが多く、初めて経験するストレスもあります。また、ペンが増え続けている状況です。トホホ。
 昔、新任だった頃,3月になると地元の大橋堂さんが職員室に出張販売に来ていました。先代のご主人が、手作りを復活させる前の話ですが。この時、動機づけと称して購入する習慣のようなものが身に付いて、今に至る次第です。断捨離は、いつになるやらです。とりあえずは、引き受けた仕事を何とか勤め上げなければと思っています。ペンの力を借りながら?

杜都GOLD PIX さん

 職員室に販売に来る、ってことでは、私のところではロットリングのラピッドグラフでしたね。学生時代にはボールペン原紙が主流でしたが、赴任先ではファクス製版でした。可能な限りシャープな原稿を作ろうと、先輩方はキコキコとラピッドグラフで書いてました。私みたいに、指導要録書くのは嫌だ、なんて不純な理由で萬年筆に行く人はまずいませんね。で、その萬年筆が大橋堂さんというのも、何というか、、、今は、一本も残ってないのが不思議です。
それにしても、尊いです。私、もう現場は懲り懲り、と初任者指導教員の道すら断って、毎日のほほんと暮らしてますが、結局、暴れまくる子供の相手してるのは変わらないという、、、ま、成績つけたり懇談したりしないで済むのは、実に楽なのですが。

尊いなんて、とんでも無いです。
行政からの電話で口説かれて、引き受けた次第です。若手の感覚にオドオドしながら過ごす毎日で3月まで保てば良いのですが。

 杜都GOLD PIX さん

 小中一貫校で中学校の教頭だった時、小学校の先生で何にでも突っかかってくる、というか、中学校のやり方は理解できん、って先生がいて、仲よくしつつよく戦っていたのですけれど、その人がこの春、教委の人事担当の部署に異動したのです。先日久しぶりに出会ったら、第一声が「今、何されてます?」でした。本当にお気の毒というか、自分のせいではないのに現場からは先生よこせの大合唱で、なおかつ、タマがない。子供と接するのは好きだし授業してみたいのだけれど、成績を三観点の観点別評価するなんて経験もないし・・・と腰が引けてしまいました。行政の方から口説かれる直前に、今の職場に決まったので、気の弱い私としてはよかったのかもしれません。

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