かく気持ちよさ
飼い主の爪痕が残る「ちち(仮名)」さんの背中。飼い主の近くに寄ってきては、お尻を押しつけるようにして「どさっ」と座るので、礼儀として彼女の体のあちこちをもしゃもしゃしてあげるのですが、冬毛ゆえ、もふっとした毛皮に跡が残ります。しっぽの付け根あたりは自分では満足に掻くことができないので、掻いて貰うと気持ちが良いものなのだそうです。
飼い主は無類の痒がりでして、大人のくせにあっちこっちと掻きまくるので、シャツに血の跡がついているなんてこともザラ。ワイシャツをクリーニングに出すと、しみ抜き代を余分に請求されることも少なくありません。ワンコはその体の構造上、自分では掻くことのできない部位があるわけですので、飼い主がもしワンコだったら、あまりの痒みにのたうち回って死んでしまうかもしれません。
それをした結果はとっても気持ちが良いのだけれど、自分ではできないこと。萬年筆の調整はその代表格です。さすがに萬年筆の書き味が悪いからと言って悶死してしまうことはないでしょうけれど、反対に怒りの対象となった萬年筆が憤死してしまうかもしれません。
先日のWAGNER神戸では、実にたくさんの萬年筆を「気持ちよく」して貰うことができました。調整してくださる方として貰う者との関係性は大切です。なじみのお店で「いつものやつ」ってたのむのに近い感覚で、スッとペンを出すとしゃしゃっとやってくれて、それで満足のいく結果になっている、というのはすばらしいことです。しかし今回は、ほぼすべてのペンを、次世代を担う調整師候補の方にお願いしました。中にはすでに別の方に触っていただいたペンでも、いざインクを入れて書いてみると「?」なところがある。そういうペンもお願いしてしまいました。
ペン芯の裏側から筆記線が出てくる感覚が気持ち悪い・・・ペリカンあるあるなのではないかと思っているのですが、特に600番台はそんな傾向が強い、というのがど素人である私の感覚。これも、しっかりペン先から筆記線が出てくる感じに仕上げていただきました。固いと言われるペンでも、実際にはいくらか撓っているはずなのですが、しっくりこないとそれが全く感じ取れず、ほんとうに先が尖っていない固い棒で掻いているような感覚にとらわれることがあります。これならボールペンで書いた方がよっぽど気持ちがいい、と思ってしまうような萬年筆もゴロゴロあるわけですが、こいつはちゃんと、萬年筆っぽい書き味にしてもらえたので実用できます。
さすが海外で買ってきたお土産物らしく、ペン先に猛烈な段差がある、と診断されたこちらのボエム。書き出しで全くインクが出ず、何度も何度も紙の上をこすっている内に出るようになる、という難儀なペンでしたが、次世代を担うべき方と、それを指導されている方との共同作業で、ファーストタッチから綺麗にインクが出て気持ちよく書けるようになりました。
グルメなお金持ちは、目の玉が飛び出るようなワインを注文して、あえて最後まで飲みきることなくお店をあとにする、という話をきいて、身が震えるほど感動したことを思い出します。残されたワインは、ソムリエを目指す人の勉強用なのだ、と。高いお金出したんだから自分たちで飲み切ってしまう、というのも当然のことながら、敢えて残しておくことで、将来、自分たちにおいしいワインを提案してくれるソムリエを育てるなんて、すごくお洒落な話です。今回、次世代を担うべき方に、ホンの少しだけ、協力できたのかもしれないと思うと嬉しい限りです。
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