歴代の・・・
器用にクッションを丸めて寝心地の良い枕を作った「ちち(仮名)」さん。それは良いのですけれど、思っているような造形にならないときはキュンキュンと鳴きながら作業を続けるところが笑わせてくれます。ご本人(犬)は必死なので、それを笑っては失礼だと思いつつ、つい顔が緩んでしまいます。
飼い主も相変わらず汚部屋の片付けを続けていますが、なんとなく体がだるいように感じられて今ひとつはかどりません。よくよく考えてみればもうすぐ主治医の診察があるため、それに備えてお食事をググッと控えめにしているのも影響しているのかもしれません。うまく回っていれば蛋白質や脂質中心、糖質ほとんどゼロの食生活で元気はつらつ、となるはずなのですが、お盆休みの期間に結構好きなものを食べていたのが響いて、ただ今「ケトフルー」な状態なのでしょう。
本日は萬年筆の発掘はなく、代わりにこんなものが出てきました。歴代Windowsのなかでも比較的影の薄いバージョン8。でもこれはわざわざ買ったものでした。目的としては、Windows10へのアップグレードをするため、ただそれだけ。それでも、思っていたより最近のことなのですね。この可愛らしいパッケージ、別にそういう趣味でもないのですけれど、このパッケージが災いしたのでしょう、売れ残って投げ売りされていたのです。
たしかこれに,ジャンクなメモリーがくっついていたと思います。その後、Windows10についてはインストールするだけなら何の縛りもなくフリー(に思える)ような状態になりました。私もかなりの台数のPCを飼育してきましたので、今やライセンスには困りません。新しいOSをインストールするためにわざわざ使いもしない古いOSを買った、なんて、いい昔話になりそうです。
ホコリまみれで出てきたのがこちら。これは懐かしいです。その当時、日本で「コンピュータ」といったらNECのPC-9800シリーズでした。へそ曲がりの私はEPSONの互換機を中心に使ってましたが、80386が載っているマシンにサイリックスの486並のCPUを載せるなんていう、今で言う魔改造もやりました。思えばそのとき、CPUにはたくさん足があるので、ヒートガンを使って半田を溶かして・・・なんてやっておりました。今、萬年筆の修理をされる師匠がヒートガンを使ってらっしゃるのを見て、その昔を思い出します。
で、Windows95から98へのアップグレード、これが実に大騒ぎで、日本中で「できない!」ってお父さんが大量発生したのです。自体を重く見たマイクロソフトさんは、全国紙に2面見開きだったか、1面まるごとだったか、とにかくでっかい広告を載せたのです。「がんばって」とか「おちついて」とか、そういうメッセージだけで、具体的なアップデート方法が書かれているわけでもありませんでしたが、それで励まされたという人も少なくなかったようです。なにせ、フロッピーディスクを何枚もとっかえひっかえしながらやっていくのと、マシンの処理能力が低くて反応も鈍いので、ハングアップしているのか処理中なのかもよくわからない、という難儀な作業だったことを覚えています。
何でこれがうちにあるのか、正直よくわからないのですが、こんなのも出てきたのです。Windowsについては、2,11の頃から触っていましたけれど、この3.1なんて、マインスイーパーやってたなぁ,ぐらいしか記憶にありません。そもそも、これをインストールすべきマシンが私の手元にはなかったはずですから、なんでこれがうちにあるのかわからないのです。
当時よく目にしたのが、「修復不可能なアプリケーションエラー」でした。Unrecoverable Application Errorで略してUAE、アラブ首長国連邦が出た、なんて言ってる人もいましたが、とにかく、今のPCがネットでブルースクリーンが出る、その数倍とか数十倍の頻度で出てくるので、もうこれは仕様なんだな、と笑うしかありませんでした。スカイマークエアラインが就航したときにスポンサーがマイクロソフトで、機体の塗装がWindowsだったので、「シャレにならん、堕ちるやんか。」とブラックな冗談を言ってたことを思い出します。
思えばこの頃、とにかく文字を書くことが嫌で嫌で、通知票とか成績関係の書類とか、そういうものを手書きしなくて済む方法ばっかり考えておりました。で、手書きの書類をヤマほど書かなければならない年度末に、近所の百貨店で東北物産展が開かれて、そこに大橋堂さんが来るというできすぎたお話。毎年毎年、大橋堂の萬年筆が1本ずつ増えていった、そんな頃でした。
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