迎え火
あまりにも見事にクッションの中に収まって寝ている「くま(仮名)」さん。飼い主も含め、家族みんなが一日中家にいたせいか、ワンコたちもとても落ち着いた様子で過ごしておりました。昨日、そして今日と適度な雨が降って気温もさほど上がらず、夏真っ盛りとしては過ごしやすい一日でした。
子どもの頃、夏休みも半ばとなるこの時期になると、母の実家に帰省するのが楽しみでした。今では信じられないことですが、この時期、高野山へ向かう南海高野線の電車は朝のラッシュ時並みの混雑ぶりで、その電車に幼い子ども2人と何日分かの着替えその他を持って電車に乗る母の苦労は大変なものであったことと想像します。12日あたりにお仏壇の掃除をして、子どもの私はピカールでお鈴などの仏具を磨いたり、鉈で竹を割って仏様のお箸を作ったりして、13日というのは割とゆったり、暇に過ごせる日でした。
田舎のことですから、夏は草刈りが欠かせないわけですが、その当時はまだ刈払機なども普及途上で、作業者が自分の脚を切ってしまうなどという事故も多かったものです。そういえば私の田舎では、だれもが刈払機のことを「ベルカッター」と呼んでおりましたが、おそらくは村のほとんどの人がシングウというメーカーの製品を使っていたために、そう呼ばれていたのでしょう。
13日ともなるとさすがに草刈りなどをする人もなく、村は静かにお盆を迎える体制に入ります。夕方には本物の松の木を細かく切ったものに火をつけて迎え火をたくのですが、これが実に長い時間、燃え続けていたことを今でも鮮明に覚えています。
最近はこういう便利なものが売られるようになっていますので、これを適当なお皿にのせて火をつけ、ものの3分かそこら火を焚いておしまいです。というか、近所でも迎え火など焚いているのは我が家ぐらいのものかもしれません。今の家で初めてのお盆を迎えた年に、これは本当に仏さんが家に帰ってこられないかも、などとあり得ない心配をして焚くようになったものです。
お盆が終わると、田舎の家では経木を川に流しておりましたが、このご時世、そのようなことが許されるはずもないので、これもまた本当はいけないことと思いつつ、送り火を焚きつつ経木をお焚き上げしております。
でも結局、お盆の準備と期間中のお供え物は妻に頼りっぱなしです。先日も、妻や子どもたちが前だ後だとワイワイ言っておりましたので、何事かと聞きましたら、盆提灯の脚をどうするのか、という話でした。そんなもん、どっちでもええのと違うか、と適当に答えたので、写真のように組み立ててくれたのですけれど、これ、間違いのようです。
火袋に描かれた絵が正面を向くのは当然として、三本ある脚は、二本が奥の方に行くように置くのが正しいのだとか。でも、よくよく考えてみると、盆提灯などというものを置くようになったのも、今の家に住むようになってからのことです。結局のところ、ご先祖様が帰ってきてくださるのをおもてなしする、その気持ちがあればそれでいい、ということなのでしょうね。
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