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2018年7月30日 (月)

夏は鉄!・余部橋梁編

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 ゆったりとくつろぐ「くま(仮名)」さん。家の中で一番人通りが激しく、かつ隘路となっている場所に首を突き出して眠るのがお好みです。

 行き交う家族は皆、「蹴られるよ!」「蹴るでぇ!」と声を掛けつつ通り過ぎ、時には実際に蹴られてしまうことすらあるのですが、それでもお気に入りなのは変わりません。あれこれ声を掛けてもらえるというのも、その理由のひとつなのかもしれません。

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 もうかなり前、まだ子どもたちが小さかった頃に、家族で山陰地方を旅した折に、わざわざここを通っていった記憶があります。今では中国道を降りて少し走ればもう鳥取、なんて感じになっていますが、当時はまだ道路も整備されてなかったのを良いことに、消えゆく運命にあった旧余部橋梁を見にきたのです。山の中の曲がりくねった道を走り、ようやくたどり着いたのがこのあたり。今は立派な道の駅ができて、餘部駅にあった駅名標が移設されています。

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今はエクストラーズドPC橋となりましたが、当時はまだ明治時代に架けられた鋼製トレッスル橋が現役でした。一般には余部鉄橋と呼ばれていますが、「鉄橋」とは「鉄道橋」のことなので、鉄道の中の人は「橋梁」と呼ぶのでしょう。橋の材質で呼ぶと、コンクリート橋、木橋、鋼橋、などということになります。だから、コンクリート製であっても余部鉄橋と呼ぶのは、何ら間違ってはいないのです。

 この写真を撮影するのに立っている位置に、かつて水産加工場があり、ここに回送列車の客車7両が落ちてきて死者6名を数える事故が起こっています。その事故だけでなく、さまざまな落下物や騒音、果ては自殺者まであって、この橋は地元の人にとって、必要だけれどもありがたくない橋でもあったようです。

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 京都方面から山陰本線を進むと、餘部駅の手前側になる香住駅。ホームにこんなのが立ってるぐらいなので、関西人が冬になると蟹を食べに押しかけるところです。ここで団体客を降ろし、浜坂駅まで回送中であった列車が、この橋から転落するという事故があったのが昭和61年のことでした。以来、列車は風速20メートル以上で運行抑止、という現在の基準になったのです。雨や風など、自然の力で列車が止まると駅係員に怒鳴り散らす人がいますけれど、そういう皆さんにはこの事故のことも知っていただきたいものです。

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 餘部駅の裏山とでもいうべきところには展望台があるのですが、以前訪ねたときには、展望台はおろか駅までも上る気になれませんでした。しかし、今はエレベータが設置されています。正確には駅ではなく、旧余部橋梁の一部を残して作られた施設、「空の駅」へと上るためのものですが、これは実に助かります。
 今回は列車での訪問でしたので、逆にエレベーターで下に降りてあちこち見て回ることができました。

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 列車で行くにしろ、車で行くにしろ、けっして便利なところではありません。また、行ったから何か素晴らしいものが見られる、というわけでもありません。そんなところですけれど、お時間があれば是非、お出かけください。日本海がきれいです。

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