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2015年7月31日 (金)

からないためにかりてかっているのをかる

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 めぇめぇ牧場からお借りしているサフォーク種の羊さん。手前が雄で奥が雌であろうと思われます。この子たちを借りて飼っているのは、学校の敷地の一部である法面の草を食べてもらうため。住宅街に面した法面で草を刈るとエンジン音がうるさいと苦情が来ますし、刈らずに放置しておくと見苦しいとか種が飛んでくるなどと苦情が来ます。そこで、この子たちに草を食べてもらって、法面に生える草を少しでも減らしていこうというわけです。

 もちろんこの子たちも鳴きます。結構大きな声で鳴きますが、何もなければ鳴きませんし、屋外ですのですぐ近くに寄っていかない限りそんなに強烈な匂いがするわけでもありません。

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 以前、この子たちの近くで草を刈っているとき、飛んでいった小石がかなりの勢いでぶつかったことがありましたが、何の反応もありませんでした。こんな風に、自分の体表に蝉が上がってきて羽化しても気がつかないほどなのですから。実にモフモフしております。

 そもそも羊の体毛というのは人間様の都合に合わせて改良された結果、自然にはほとんど抜け落ちないのだそうで、そのためもあって、必ず刈ってやらなければならないものなのだそうです。刈った毛を売り物にするには、どのあたりの毛であるのかを明確に区分しておかなければならないそうですが、今日は地域の子どもたちを招いての体験教室なので、とりあえず毛が刈れればそれでよし、ということです。刈った毛は地域の皆さんが綺麗に洗って、最後は「ウール」にしよう、という計画です。

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 羊の毛を刈るための道具類。簡単そうに見えて、毛刈りは奥の深いものだそうで、下手に刈ると羊の皮膚に傷を作ってしまうのだそうです。逆に言うと、それぐらい切れ味の良い刃物でなければ、モフモフにこんがらがった羊の毛は刈れない、と言うことでもあるのです。

 このブルーシートの上に羊を連れてきて、人間が座り、その膝の上に抱きかかえるようにして羊を「座らせ」ます。羊にしてみればひっくり返った姿勢なので、結構おとなしくなるのだとか。

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 こんな感じで、まずはお腹の方の毛を刈ります。背中の方の毛を刈るのは、地域の子どもたちに任せてもらえるということで、まずは模範演技からスタートです。暴れることもなく、静かに刈られている羊さん。けれど、ひとつ間違うと暴れ出して手が付けられなくなることもあるそうです。

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 このあたりまで来ると、そろそろ子どもたちも体験OKということで、おっかなびっくり毛刈り体験です。昨日の雨で濡れて刈りにくい状態であったにもかかわらず、どの子もなかなか上手に刈っておりました。

 実はこのサフォーク種、お肉の方もなかなかのお味だそうです。なのデコのあとはジンギスカンパーティー、なんて企画もあったようですが、羊の体温を感じつつ毛刈りをしたあとで、違う個体のものとはいえそのお肉を食べるというのは、いきなりではちょっと問題ありかも、ということで見送りになりました。羊のお肉をいただくこと自体は、命に感謝しましょう、ということで良い教育の機会になるのですが、拙速は禁物です。

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 こちらが刈り取った毛を洗ったもの。押し洗いで優しく洗わないといけないそうです。揉んでしまうと、毛がぎゅっと押し固められてあとで糸にするのが難しくなるためだそうです。

 それにしても、お湯を使って何度も何度も洗ってこの状態。まだまだ洗わないと、糸にはできないようです。まぁ羊さん、いつも法面を走り回って、雨が降ろうが照ろうが関係なく、草を食べているのですから、毛が綺麗な方がおかしいですね。

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コメント

大学構内で同じ目的で飼育されている山羊を見かけたことがありますが、その山羊は大学当局が飼育しているものではなくて、歴史があって雑然としていることで有名な某Y寮が飼育しているものです。山羊はロープで繋がれていて、そこから届く範囲の草を食べさせてから、何日かしたら別の場所に繋ぎ変えるのだそうです。
寮生に聞いた話ですが、ある時、山羊が事故で死んでしまった時には、寮でその日のうちに悲しみにくれながら謝肉祭が行われたそうです。
近代以前の人間と家畜の関係性があの不気味な空間には生き残っているようです。

 Polnolunie さん

 山羊は逃げますからねぇ。実はうちの職場でも借りていた羊が老衰で亡くなりましたが、そのままお返ししました。

 謝肉祭、ですから、文字通りですね。私の知人に魚の食べられない釣り好きがいますが、釣った魚は必ず誰かに渡して食べてもらうようにされてます。「成仏させる」ってやつですね。

 家畜と人間との関係性、いや、なかなかどうして、近代にあっても継続しているものだと思いますよ。

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