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2014年9月 4日 (木)

京の夏の旅・2

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 カメラを警戒しながら硬い表情で撫でられている「くま(仮名)」さん。我が家のワンコたちは、基本的に撫でられることがあまり好きではないようです。若い頃の彼女なんて、頭に手を持って行くと必死で逃げておりました。飼い主に似て、一歩家の外に出ると極端におとなしくなるので、近所の人たちの間では実におとなしくてカワイイ犬、ということになっています。エアコンの設置などで宅内工事に来た人なんかにも、おとなしく頭を撫でさせますが、家族に対してはすぐに甘噛み、という難儀なワンコたちなのです。

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 京都、島原の大門。京都の花街として名をはせた島原は、歴史の舞台としてもよく登場するのですが、恥ずかしながら島原がどのあたりにあるのか、はっきりとは知らずに生きてきました。いつものように、休日に時間が空いたからどこかへ行こうか、というえぇ加減なお出かけで、駅まで来てお昼ご飯の時間だということに気付いたので、ならば座席指定の特急に乗って京都へ行こう、という程度のお話。電車の中でおにぎりなどをほおばりながら、さて、京都で何かやってるかな、と探して見つけたのが、島原にある文化財の一般公開だったのです。

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 暑い暑いとふぅふぅ言いながらやってきたのは、島原の角屋。太夫や芸妓を抱えず、それらを置屋から派遣してもらって歌舞音曲を伴う遊宴によりお客様を歓待するお店でした。京都の街中の建物ですから、当然のことながら間口が狭く、迎え入れたお客さんは2階へ通されます。そういうことから、「揚屋(あげや)」と称するのだそうです。新撰組の芹沢鴨は謀殺される前にここで呑んでいたそうですが、刀傷などは残っているものの、このお店が乱闘の舞台になったことはないそうです。

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 間口が狭かったお店も、繁盛していく中で隣接する建物を買い取り、拡張されていったということで、京の町家に共通の「鰻の寝床」というイメージではありません。展示資料などを除いて、写真撮影も自由。建物の中へ入ると、外の暑さがうそのようにひんやりとしていい気持ちです。家の造りは夏を旨とすべし、とはよく言ったものです。

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 ちなみにこの島原、正式な地名ではなく、「西新屋敷」なのだそうです。六条三筋町にあった花街がこの場所に移転を命じられたとき、その移転のようすが「島原の乱のようだ」ということから、島原と呼ばれるようになったとか。小学生の頃から何度も何度も通ってきている梅小路蒸気機関車館にほど近い一角であったことと合わせて、ほぉ、と思わせてくれました。

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コメント

その昔、島原界隈を、カメラ片手に徘徊したとき、ふとこの「大門」どのように読むのだろうかと疑問になりました。東京では「芝の大門(だいもん)、吉原の大門(おおもん)」といわれます。こちらに行ったとき、大門の説明文や、京都市の有形文化財であるとのプレートにも読み方が記してなかったので、結局iPhoneで検索するということになってしまいました。観光ガイドなどには「おおもん」と書かれています。寺社の門を「だいもん」、それとは区別するために、遊郭などの門を「おおもん」と呼んでいるようです。写真を拝見し、そのようなことを思い出しました。

 こーいち さん

 妻と行きましたが、万事におおらかでこだわらない性格の妻はずっと「だいもん」で、私は「おおもん」でした。なぜという根拠はないのですけれど、頭の中、どこかにおおもんという響きがこびりついていて、だいもんと言うのがためらわれたのです。あるいは、時代劇を見る人なので、そうなのかもしれません。

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