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2014年5月 3日 (土)

TE・・・37?

  当Blogには、まともな中身や信頼するに足る内容などは一切ありません。きっと作成者が馬鹿なんだろうな、まぁしょうがないなと諦めて、暇つぶしにお楽しみいただければ幸いです。

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 四連休初日。ケージの中でこんな風になって寝ている「くま(仮名)」さんを横目に支度をして、自宅近くのバス停へ。休日は始発が6時21分という凶悪なダイヤなのですが、その始発から3本目、6時50分のバスに乗ります。今日は県中部にある中学校のご厚意で練習試合をしてもらえることになったので、生徒たちを連れて電車でお出かけなのです。

 大きなスポーツバッグを抱えた中学生、高校生がへったくそな乗り方をしているので、どこの駅でも電車の出発が遅れます。電車やバスに乗ったら荷物は小さく抱えて中の方へ入るという、本当に基本的なことすら指導できていない運動部には、公共交通機関での移動を禁止すべきです。自分も引率していながら何ですが、実に大迷惑!

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 で、電車を降りて田園風景の中を歩くこと20分、練習試合の相手校に到着したのですが、すでにいろんな部が活動を始めていて、先生方もそれなりの人数が学校にいらっしゃる様子。その中のお一人が乗られているこの車に、まず目が吸い寄せられてしまいました。

 レビン、でっせ。最初遠目に見て「えっ?27」と思ったのですが、FRPの、いかにも「つけましたっ!」っていうオーバーフェンダーがないのをチェックして、これってまさか37?となりました。マスキー法にやられて仕方なく、という悪名高い排ガス規制のあおりを食って、本当に少数しか作られなかった37。キャブレターつきの最後の2T-G搭載車です。51なのかとも思いましたけれど、記憶の中では51のフロントは違う形。これはやっぱり37なのでしょうか。

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 当時はこれがカッコよかった、砲弾型のフェンダーミラー。排ガス規制でもそうですが、輸入車に対する非関税障壁を撤廃しなさいと言われていなければ、いまだに日本中の車がこれだったかもしれません。それに、ドアミラー付きの車が普通になっても、フェンダーミラーの方が首を振らなくても後ろが見られて楽ちん、なんて言ってるオッサンも数多かったものです。見える、見えないではなくて、とにかく首を振っても直接目視、運転はこれが大切です。

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 しかもこの車、プレートが多摩56、です。あえてそのままにされてるんでしょうね。いい感じです。これを見られたので、休日にこんな朝早くから、という何となく憂鬱な気分も晴れました。何より、練習試合に参加した生徒の中には、同じ日の夕方からまた別のところへ練習に行き、翌朝4時には起きて遠くまで試合に行く、なんて子もいるのです。まぁ、少しぐらい応援してあげてもバチは当たりませんね・・・・・と思ってしまうのが教師の弱みです。

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 昭和50年頃のペンを、と思って撮りましたが、、それ以前、それ以後と入り乱れていますね。実際、ペン先の刻印を見るとバラバラでした。シルバーンや旧カスタムなど、いわゆる貼り付けタイプのペン先を持つものは昭和50年前後のものである可能性があります。

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 東京で出会ったさる高校生が、キャップだけでなく尻軸まで銀だから、このペンは書き味がいい、と絶賛してくれたショート。こいつは間違いなく50年もの。H575と刻印がありました。意地悪な大人は、ごくごく普通のショートタイプの首軸をこの銀のペンに仕込んで、「書いてみぃ」と件の高校生に渡したのでした。結果は・・・・・やはり、予断と偏見はいけません。萬年筆のように極めて個人的なもの、自分が書いてみて感じたことがすべて、ですね。

 かく申す私は、残念なことに、27も37も、それどころかレビンと名のつく車のハンドルは一度も握ったことがないのです。あの当時の車ですから、ボールナット式、もしくはリサーキュレーティングボール式で、ダルで重たい、ふっといゴムをねじってるような感触なのかなぁ、それに、トヨタ車ですから、きっと足回りもグニャグニャだったのでしょうね・・・・・と、これまた、乗ったこともないのに勝手な想像、多分、半分以上ハズれてるのでしょうね。

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コメント

トヨタ車は、地元だからこそか、あまり好きではありませんが、この時代のトヨタ車は中々かっこいいですねえ。

冬木立、、一本はほしい名品です。
でも、意地悪ですね(笑)

37とはまたヘンタイな…27なら時々見かけますが…

ハードトップボディですからTE37ですね。希少価値(^^)。TE51も残存数は多くないようですが、ボディがハッチバックに似たクーペですので、あたかもフルモデルチェンジしたかのようです。
この時代はカローラもスプリンターもセダン・クーペ・ハードトップ・リフトバックと多種多様なモデルを出していました。個人的にはリフトバックに憧れたものです。

 闇船 さん

 萬年筆のブラックホールと言われている闇船さんの
ことですから、いずれ冬木立もお手元にくるでしょう。

 あまり知られていませんが、意地悪大好きです(笑)

 mercuryo さん

 車のことはあまりわからない私でも、こいつは27では
ないな、と。行政がうるさいからオーバーフェンダーを
やめたモデルがあったのかな、なんておもいましたけれど、
やっぱりこれ、37なんですねぇ。

 一緒にいた子どもたちに、カローラなのに凄いエンジン
積んでるんだよ、と言いましても、カローラなのに、と
いうところがわからないみたいでした。

 くーべ さん

 ハードトップ、ってのも懐かしい響きです。主に
日産系の強度大丈夫かいなという4ドアハードトップ
なんてのも、カッコだけ見ればよいものでした。

 5代目でしたか、FFになったときのリフトバック
の形が好きでした。

実に良い車ですね。旧車マニアが飛びつくような感じです。

 しげお兄さん

 発想としては、まさしくマーチに強心臓ぶち込んで、
というのと同じですけれど、当時は足周りまでは手が
回らない部分もあったようです。

TE37 懐かしいですね。
多分 今乗ると、余りに細く フワフワしたステアリング感に、これでもスポーツ車か?と思うことでしょう。あれから30年以上、国産車のエンジンや足回りは、非常に良くなりました。
評論家の徳大寺氏は、国産車のあまりの酷さに評価本を始め、レベルの向上と共に止めたのだと聞きました。
凄いエンジンが付いていたって、それも当時のお話しで、今の方が同じ排気量でそれ以上の馬力のあるエンジンを積んで、低公害車のシールを貼って、ファミリーカーとして走り回っていますよね。時代は遠くなりにケリです。

 きくぞう さん

 まだ免許を持っていなかった頃、本屋で立ち読みした「間違いだらけの運転テクニック」に反発を覚えました。このオッサン、なんちゅう決めつけ、上から目線やねん、と。でも、実際に車に乗っている私は、徳大寺御大に運転を教わったと言ってもよいほど、その本の内容を実践しております。おかげで、教習所への入所を断られたほど下手くそでありながら、これまでたいした事故もなく来ております。

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