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2014年4月15日 (火)

いろいろ

 当Blogには、まともな中身や信頼するに足る内容などは一切ありません。きっと作成者が馬鹿なんだろうな、まぁしょうがないなと諦めて、暇つぶしにお楽しみいただければ幸いです。

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 蹴られても蹴られても、ケージから首を出して眠るのをやめない「くま(仮名)」さん。ここは家族が頻繁に通る場所で、家族も気をつけてはいるのですけれど、時折、彼女の首に脚を引っかけてしまうことがあります。そんなときも、「むにゃむにゃ」という感じで蹴り飛ばされた頭を元の位置に戻し、再び眠りに就く、そんな彼女なのでした。

 ここ数日、高校の先生が入学式を欠席して問題になっている、なんていうニュースがあちこちで取り上げられています。新入生の担任でありながら入学式を欠席してしまった先生、その理由が、ご自身のお子さんの入学式に出席するためだった、という、マスコミ様にとってはこれ以上ないほどの「おいしい」ネタです。

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 欠席された先生というのが、これまた真面目な人だったようです。逃げも隠れもせず、本当の欠席理由を明らかにされていて、その内容は入学式当日に生徒や保護者に公表された、ということでした。で、当初はこれに対して、けしからん、職業人としてどうなのか、教師としての自覚に欠ける、こんな先生に担任してもらうのは不安、などなど、バッシングしかないような状況でした。ま、それも当然の反応でしょう。そして、これまた予定通りの結末ですけれど、エライエライ議員さんがけしからんと仰ったので、教育委員会から校長へとお触れが回って、教育公務員としての信頼を損なわないように、という注意がなされた、ということです。

 今回、こういうことが表沙汰になって、マスコミ様によってより一層大きな問題になった、そのことはけっして悪いことではないと思います。そのニュースを見聞きした人たちが、そのことについてどう考えたのか、ということ。それについての意見表明をする人も多くいて、それに対しても多くの意見が重ねられていく。これは、とても良いことだと思うのです。

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 プチトマトが切れたので買いに行く、という妻に付き合って、近所のスーパーへ行ったら、プチトマトバイキングなるものをやっていました。いろんな形や大きさ、色のプチトマトをお好きなだけ、パックに入れてレジにお持ちください、っていうことです。野菜や果物に品種があるのは当たり前ですけれど、今までは「プチトマト」とひとくくりにしていたので、あらためて、いろいろあるんだなぁ、と感じ入りました。

 中学校や高校では、新入生を担当した職員のほとんどが2年、3年と持ち上がって卒業まで面倒を見る、というのがごく普通のことです。私みたいに、30年以上この仕事をやっていながら、中学1年生から3年生まで通しで担当したのは一回だけ、なんていうのはとってもレアなのです。そう考えると、「不安だ!」と言われた先生も、この先卒業まで、手塩にかけて生徒たちを育て上げていくのでしょうし、卒業式の日には涙、涙のお別れになるのだろうなぁ、と思われます。

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 実は私自身、同じような場面に立ち会ったことがあります。教務主任として入学式の司会をしているときのこと、式次第にある「新入生関係職員紹介」の中で、学年主任は本日、お子さんの入学式のため欠席です、と校長が言ってしまい、式場内がざわめいたのです。このケースでは、実に卒業まで、そのしこりが残りました。その先生はどうも学年主任には向かなかったようで、学年運営も今ひとつ、いや今五つぐらいうまくいかず、いろいろなことで保護者と話がこじれるたびに、「だいたい、入学式の日から・・・・・」という話になってしまったのです。

 さていっぽう、教師の方は、「入学式の日ぐらい、親御さんもみんな来てはるやろ。今日、この話をしておいたらみんなに伝わるやろ。」なんて意識でいます。入学式に卒業式、学期末の個人懇談。こんなときぐらいは、いくら忙しくても学校に来てくださいよ、来てくださるのが普通じゃないですか、ぐらいの意識です。ですので、自分が親の立場になったとき、そういう場面で欠席することが大変にためらわれてしまうのです。

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 かつて私が教務主任だったとき、長男の通う学校でPTA会長に選ばれそうになったことがあります。そのとき、卒業式や入学式の日程はどこの学校も同じで、そこで司会をする私がPTA会長として別の学校で挨拶することはできないから、というのを理由にお断りしました。けれど、周囲のお母さん方の反応は「誰かに変わってもらって休めばいいじゃないですか」というものでした。入学式ならともかく、卒業式の司会なんて恐ろしいモノをおいそれと代わってくれる先生なんていませんので、必死に固辞して副会長で落ち着いたのですが、結局誰も、自分の立場から都合のいい方に考えるものなのです。

 自分の子どもの入学式がある年は新入生を担当しない、卒業式がある年には卒業生を担当しない。よほど人数の少ない学校でない限り、そういう調整をしてもらうことは可能ですし、そうすべきだろうと思います。ちなみに私は10年連続で卒業式の司会者でしたので、その間にあった長男や長女の卒業式は妻に任せっきりでした。私がそんな奴だということをよく知っている妻は、早くからしっかりと自分の身の振り方(学年所属)を考えてくれています。でも、そういうことが不可能なケースだっていっぱいあるはずです。ならばせめて、本当の理由を明かさずに、体調不良とでもしておけばよいのではないでしょうか。ウソも方便、というのは実によい言葉だなぁ、と心底思うのです。

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コメント

まさに 嘘も方便で、しゃーないやっちゃ 位に言わせておけば良かったのに、、、って、思っちゃいました。
真面目に答える方も、気が利かないったらありゃしないのですが、真面目に父兄にそれを伝えるのもなんだかなぁ。って、思います。

 きくぞう さん

 休まれた件の先生は、誠意を見せる気持ちだったのでしょう。家族も大切、仕事も大切。もっと切羽詰まった状況ならどうしたか、というのは別として、私はこの休んだ先生、非常に信頼できるいい先生だと思います。我が子の担任がこういう先生だったら、休まれたことについて理解するよう子どもに伝えることでしょう。

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