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2014年2月10日 (月)

かんじょう

 当Blogには、まともな中身や信頼するに足る内容などは一切ありません。きっと作成者が馬鹿なんだろうな、まぁしょうがないな、と諦めて、暇つぶしにお楽しみいただければ幸いです。

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 輪になって眠る「くま(仮名)」さん。羨ましいなぁ、と思います。明日は火曜日なのに祝日でお休みなので、これはもうけた、と今日はけっこう晴れやかな気分で一日を終えられるはずなのですが、現実は全く逆でした。明日は早起きしてマラソンの立哨しなくては、というのもありますが、それはそれ、面倒くさいけれどBlogネタがひとつできたと思えば安いものです。早起きして出て行く分、午前中に開放されますから、その気になればそこからの時間を有効に使うこともできます。

  およそスポーツと名のつくものには全く縁のない私にとって、子どもの頃、大人たちが繰り返し口にする「健全な肉体には健全な精神が宿る。」という言葉は大変に聞きづらいものでした。要するに、スポーツしない奴にろくな人間はいない、と言われてるようなものですから。少し成長してきて、本当のところは 「健全な肉体には健全な精神が宿ることが望ましい」というような意味なんだ、なんてことを聞きかじって少し喜んでいたのですが、実際にはそう簡単なことでもないようです。みんな、耳慣れた言葉を自分の都合のいいように解釈するものなのでしょうね。それにしても、リンク先の最後の部分、個人的にツボです。

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 さて、学校がお休みの日と言えば部活動です。特に運動系部活動や吹奏楽部の顧問なんかを引き受けていると、カレンダーで色のついている日は普段より早起きする日、なんてことが普通になります。でも、給料に含まれない仕事ではあっても、引き受けている以上はしっかりやらないと大変な問題になるのが部活動の顧問というものです。運動部なんかでは命にかかわることも日常的に起こりえますから、真剣に考えたら、部活動の顧問なんて引き受ける方がどうかしてるのです。

 このへんのことについて、元締めたる文部科学省は「部活動というものは、教育上、けっこう重要なものです。」なんてことを言ってます。暗に「しっかりヤリなさい」と言ってるわけですが、制度化はしていません。お金がないからです。本気で「教員はみんな、部活動の顧問しなさい。」というと、それは命令か、命令なら勤務なのだな、だったらそれに見合った給料なり手当なりを出せ、となります。要は、いろんな逃げ道をこしらえた上で、サーヴィス残業しなさいと言ってるわけで、相手が日本人だからこそ成り立つ構造がそこにあるのです。

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 そこにどんな問題があろうと、生徒や親からすれば知ったこっちゃない、というのも当然です。学校にはこんな部活動がありますよ、と言ってるのですから、参加した子どもはしっかり面倒見るのが当然の話。生徒や保護者は「部活動は先生の仕事の一部」と信じていますし、先生の方は「無料奉仕でやっている。」という意識がどこかにある。これでは問題が起こらない方が不思議なのです。「部活動の顧問の先生が気に入らない。何とかしろ。」なんてことを保護者に言われると、言われた方も「そうですか、じゃ、辞めます。」と言いたくなります。生徒も保護者も満場一致でそう言ってくれるなら、ことは簡単ですが、なかなかそういうわけにはいかないものです。

 いっそのこと国会で「教師の仕事には部活動の指導も含む。1日の労働時間が10時間超えても文句は言わないこと。休日についても部活動をやるべし。以上すべて、労働基準法の適用外とする。」と決めてくれたら、嫌ですけれどまだ諦めもつくのです。そういう仕事を選んだ自分がバカなのだ、ということで、これは体がもたない、となれば辞める、ただそれだけのこと。これから仕事を選ぼうという人は、それを前提に考えることもできます。今の職を投げ出して選挙をやり直す、とか言ってる人は、こういうことを公約に掲げると満票で当選できると思います。

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 何やかんや言っても、結局、学校や役所がらみでもめ事があったとき、その学校や役所の側が謝ればとりあえずは収まります。世の中には文句を言う人と言われる人がいて、言われた人はまた、別の人に文句を言うのです。日常的に罵声を浴びせられたりクレーム対応に追われたりする人を「感情労働者」と言ったりするそうですが、 どこかでその連鎖を止めないと、結局は一番弱そうなところに圧力がかかりっぱなしになって、最後は死人が出ます。それが教師や公務員だったらマスコミは嬉しそうに報道しますけれど、その人の家族や友人なんかは実際に悲しんでいるわけです。

 どう考えても勘定にあわないことをやっていて、感情的に攻撃されて気持ちはボロボロ。本人のなかで食い止められればまだマシな方で、回り回って他へも影響を及ぼすなんてことになると、本当に大変です。その点、傍観者でいられる私はまだ幸せなのでしょう。

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コメント

何処かで文句が出るのに、その文句を垂れ流しにしているというのが情けないですよね。自分の中で、人の悪口は言わない、文句を言うのはどうしても無理という時だけにする、文句に至る前に笑い話でうまくネタにしてやり過ごす…そんなふうに決めていますけれども、人の悪口や文句しか言えないような人もいて、見ていて気の毒に思います。

それでも、最近は、「達哉んは人の悪口や文句を滅多に言わないからいい」と言われます。そんなによくできているとは思いませんが、一人ひとりが心がけていくのも大切なのかな、とおもいます。

しかし、何より、きちんと状況にあった制度などを作るべきではあるでしょうね。「待遇は悪くし、給料は減らし、仕事は増やしますから、これからは今まで以上に頑張ってくださいね」しか言わないような状況をいつまで続ければ気がすむのだろうか、と思っています。

 達哉ん さん

 ホンマにもう、無茶苦茶言いくさって、と文句を言う、
そしてその鬱憤を他の人に向けてしまったとしたら、私
もその、無茶苦茶言ってくる人と変わりません。だから
ここは、人間の尊厳をかけて(大げさ)負の連鎖を断つ
気持ちが必要ですね。

 まぁしかし、公務員の仕事がぬるいと言われても仕方
ない状況もゼロではありませんし、だからといって無理
をさせてもよいアウトプットが出るはずもありません。
難しいところです。

ある高校の部活動後援会長なる役を仰せつかっているのですが、休日に指導に当たる先生に後援会会計から手当を出せないかと提案しましたが却下されてしまいました。
本当に部活動を担当されている人は大変です。中には家庭が犠牲になっているケースもあります…

 ヤッター万 さん

 かつては、そして今でも一部には、ヤッター万さん
の仰るような考え方をしてくださるようなむきもあり、
お互い幸せだったように思います。仕事というわけで
はないけれど一生懸命やる、それを知っていて応援を
する、といういい関係が続いているところは、今後も
頑張って欲しいですし、ねじれたり、こじれたりして
いるところは、いっそのこといったん白紙に戻して、
そこからやりなおすのもいいかもしれません。

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