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2013年8月27日 (火)

終わりやねぇ

 当Blogには、まともな中身や信頼するに足る内容などは一切ありません。きっと作成者が馬鹿なんだろうな、まぁしょうがないな、と諦めて、暇つぶしにお楽しみいただければ幸いです。

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 もといたケージより奥行きが増しているにもかかわらず、やはり寝るときには前脚をケージから出す「ちち(仮名)」さん。だいたいこの隙間から出す、というのも本人(犬)的には決めてあるようで、適当に寝ているように見えて、きちんとお気に入りのポジションが確定しているようです。

 地方によって、あるいは授業時数の関係などで、必ずしも8月の終わりが夏休みの終わりとは限りませんが、この時期のご挨拶は「終わりやねぇ」です。学校の宿題なんぞ早々に済ませて、塾の夏プログラムの追い込みにかかっている生徒も少なくないようですけれど、泣いても笑っても9月2日になれば学校へ行かなければなりません。

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 南海高野線の極楽橋駅での1枚。手前は人気の「天空」で、奥は「こうや」。今は難波から極楽橋まで、途中7駅に停車するこの列車ですが、私が子どもの頃はわずか3駅に停車するのみで、なおかつ今よりも大幅に所要時間がかかっておりました。自宅からこの「こうや」にのるのは停車駅の関係で難しいので、夏の帰省はいつも普通の電車で、猛烈に混雑していたことだけが記憶に残っています。

 8月10日を過ぎると、母と妹との3人で母の実家へ帰っていました。父は学校の宿直やら部活動の指導やらでまとまった休みを取ることが出来ず、お盆といえば父を除いた家族で田舎へ行くもの、と思い込んでいました。ここ極楽橋からケーブルカーに乗り換えて高野山駅まで行くと、まだ元気だった祖父が迎えに来てくれていて、同じ村で乗用車を持っている人が田舎の家まで乗せてくれるのです。みんな親切だなぁ、なんて思っていましたけれど、これがいわゆる白タクだったと知ったのは高校生になった頃でした。

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 南海高野線の高野下から極楽橋までの区間は非常に勾配がきつく、しかも急曲線の連続です。保安上の問題からこの区間を走る電車は特別な設計となっていて、それを平坦区間で高速運転することには無理がありました。ですので私が幼い頃は、高野下まで行くと古めかしい電車が待っていてそれに乗り換えていたのですが、4両編成の電車で来た乗客が2両の電車に乗り換えるので混雑は猛烈なものでした。小さな私たち兄妹を連れ、3人分の着替えなどを抱えた母はさぞかし大変だったことだろうと思います。

 ほどなくして、写真のズームカーが登場。平坦区間は普通の電車並みの高速で走ることが出来、山岳区間では空転せずにしっかりと登坂する性能を持つ、ということからズームレンズになぞらえて命名されたものです。この「天空」のタネ車になったのは、俗に角ズームといわれる22000系。高野線での活躍を終えた後、多くは支線区で活躍していましたが、この編成だけが呼び戻されて「天空」となりました。

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 角ズームなどが現役だった時代、日本の電車の多くは「MMユニット」方式でした。電動車を2両一組にして、合計8台のモーターを1つの制御器でコントロールする方式です。部品点数が減るなどのメリットがありますが、2両のうちのどこかが故障すると2両もろともに走れなくなるという弱みがあります。実際、角ズームも現役時代は必ず4両編成で運転されていました。

 その角ズームをベースにした「天空」ですから、それだけで走ることには保安上の問題があります。そこで、山坂の下になる難波側に現役の車両を併結して運転されていますが、写真のグレーの電車、これは「天空」ではなく、「天空」と一緒に走っている臨時の列車、という扱いです。座席指定券500円也が必要な「天空」ですが、この併結車両には運賃だけで乗車できます。

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 子どもの頃、極楽橋駅に着いたらとにかく必死で走る、というのがきまりでした。ケーブルカーは定員が厳しく決まっていますから、乗り込むのが遅くなると「次のを待ってください」となるのです。階段になったホームを老若男女が一斉に走るなんて、今では考えられませんが、それでも怪我をする人なんてほとんどいませんでした。自己責任、って言葉はどこかへ行ってしまったのでしょうか。人間がそれだけ衰えたのでしょうか。安全のための設備はどんどん充実していくのに、公共空間で怪我をする人は増えているのが不思議です。

 これだけ苦労をして田舎へ帰ると、あっという間にお盆が過ぎて、嫌で嫌で仕方がないけれども自宅に帰らなくてはならない日が来ます。舗装もされていない、1車線の曲がりくねった道。片側は山肌、反対側は深い谷。エアコンもないクルマで窓を開けていると、高野山に着く頃には顔がほこりまみれになっていたものでしたが、私はそのほこりまみれの顔で毎年べそをかいておりまいした。優しいおじいちゃん、おばあちゃんと別れて自宅に帰れば、きびしい母親に叱咤激励されつつ夏休みの宿題を仕上げなくてはならないのです。

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 こちらは「天空」の座席モケット。山あいに生える草や、その中で暮らすカジカが描かれています。帰省を切り上げて自宅に帰る頃には、田舎はすっかり秋の空気で、あちこちでこの蛙が鳴いていたものでした。今や、高野山へ行く人のほとんどが自動車を利用するようですが、電車に揺られていくのもよいものです。どうしても自動車で行かなければならない理由があるとしたら、こんな写真を撮りたいから、ということぐらいでしょうか。

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