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2013年6月18日 (火)

落ち込みは激しくとも

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 まだ若い,というよりは子どものレトリバー、テンちゃんです。残念ながら我が家の3頭目ではなくて、見るからに怖そうなおぢさんの愛犬です。見るからに怖そうなおぢさんがいて、子どもたちがその人を怖がっているときに、「あぁいう人は、実は優しいもんなんだよ。」なんていうことが良くありますけれど、実際、見た目の怖い人は実は優しい人であることが多いようです。

 一番たちの悪いのが私のようなタイプで、そこそこ人当たりは良いのですけれど、優しそうに見えて心の奥底は零下何度の世界。冷たい、自己中心的な人間です。

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 今さら仏心が芽生えたりするわけもありませんが、「沙羅の花を愛でる会」というイベントが開かれているというので、妙心寺境内にある宿坊、東林院まで行ってきたのです。沙羅双樹と表札にありますけれど、仏陀入滅の際に花が散ったという、平家物語でうたわれている沙羅双樹ではありません。ナツツバキの一種である沙羅という花木で、椿の一族ゆえに花ごとバサッと地に落ちる、そのはかなさが見どころというイベントなのです。

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 かつてこのお寺の庭にあった、樹齢300年を超える巨きな沙羅の木が枯れた後、その一部から造られたという数珠。枯れた木の一部がまだ庭に立っていた頃はそこにかけられていたそうですが、いまはこうしてお庭の一角にある井戸の蓋の上に置かれています。

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 苔の庭に落ちた沙羅の花。中にはつぼみのまま落ちてしまうものあって、落ちたつぼみが少しばかり開こうとする、その「いのち」に何かを感じてください、というお坊さんのお話を聞きながら、お抹茶とお菓子をいただいておりました。

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 この占い師、よぅ当るんやで。前に座っただけで、「あんた、何か悩み事あるやろ。」とか言わはるねん・・・・・という笑い話があります。占い師の前に座るぐらいですから悩み事があって当然、よぅ当たるも何も、占い師がすごいわけではないのです。

 お坊さんのお話を聞いていると、まるで自分が「そんなことではいけませんよ。」と諭されているかのように思えます。おそらくは、一緒にお話を聞いている人の多くもそう思っていらっしゃるのでしょう。

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 実際、お寺にたどり着くまでの私は「うつ」そのもの。下を向いてとぼとぼ歩いておりました。これまでは人数の多い職場にいたので目立ちませんでしたが、今いる職場のように人数の少ないところでは、己のダメさがはっきりとわかります。少ない人数の組織に仕事の出来ないのが紛れ込んでいると、組織全体のパフォーマンスが著しく落ちるのです。自分がこの組織の足を引っ張っているのだなぁ、という意識は非常に重たくて、押しつぶされそうになります。

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 もうアカンわ、とあきらめかけていた私でしたけれど、お坊さんのありがたいお話を聞いて、もうちょっと頑張ってみようかな、やり直してみようかな、という意識が涌いてきました。なんとも不思議なものです。同時に、自分の職業は何であるかと考えたときに、今の自分のように情けない思いをしている人を見つけたら手助けをしなければならないのだ、という当たり前のことを改めて認識したことでした。

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 調子に乗ってはしゃいではドカンと落ち込む、ということを半世紀も繰り返してきた、さるにも出来る反省すら出来ない私のことですから、少し気分が上向いたのも束の間のことなのかもしれません。そうではあっても,何かを語りかけることで人の気持ちを楽にすることが出来る、そういう力を身につけたいものだと強く思ったことでした。

 

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コメント

お寺さんに多い植物で、本当は違う植物だけど、日本じゃこれを充てています と言うのは、ヒメシャラにボダイジュ。

沙羅双樹は、レッドラワンの事でフタバガキ科の植物です。
お釈迦様が悟りを開いたのは、インドボダイジュ、クワ科の植物でした。
余り言われることがないのですが、お釈迦様が生まれるところに生えていた木が、無憂樹 ムユウジュ。マメ科の植物。

いずれもインドではごく普通の植物ですが、日本国内では露地で栽培することは難しく温室栽培となります。確かに、気候区分が全く違いますから、当然と言えば当然ですよね。

そういえば、今日は桜桃忌ですね、
さればとて、自分は何の感慨も抱きませんが
太宰は疲れたときに良いですよね

きっつい時に下を向いてしまうのは仕方のないことなのでしょう。誰だってそんな時はあるはずです。私はいつもですが(笑)。上を向けと他人に言われるのも腹立たしいのですが、下を向いていればいつか素敵な拾いものがあるかもしれない、などと自分に言い聞かせつつ今日も下を向いて歩いています。せめて足だけは止めない様にしようと思いながら。

 きくぞう さん

 さすが専門家です。沙羅についてはお寺さんもそのへんのことを承知の上で宣伝されているところがありまして、なおかつ、この散り方、このはかなさが仏の教えとマッチするということで、むしろ常緑高木の沙羅双樹よりもよろしいようです。インドに生えている木では、花ではなくて葉の色が白いので・・・なんてことをインド旅行に行ったお坊さんが話してらっしゃいましたが・・・。

 関船 さん

 太宰、私も「はしか」になったクチです。落ち込んだときや疲れたとき、太宰を読み、中島みゆきを聞く。果てしない奈落の底へと落ちていくのですけれど、それがまた心地よかったりします。私は、たったひとつだけ自信を持っていることがあって、それは鬱になって自殺したり過労死したりすることは絶対にないということ。まじめに物事を考えないので鬱にはならないし、踏ん張りがきかないので過労死するまで働くことも出来ません。何となく、鬱っぽく見えるだけで、のらりくらりと毎日を過ごしています。そういうくだらない自分が大嫌いで仕方ないのですが、半世紀もつきあってきました。

 すいどう さん

 お仕事、少しは軌道にのってこられましたでしょうか。私などはレヴェルの高すぎる職場に来てしまったので本当に場違いな感じがぬぐいきれず、まぁ仕方ないのでお茶汲みからこつこつとはじめているような状態です。そのうち周囲もあきらめてくれることを期待しつつ。

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