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2013年1月17日 (木)

この日

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 吠える「ちち(仮名)」さん。犬が吠えるのは珍しいことではありませんが、あの日の少し前は様子が違っていました。犬だけでなく、カラスも大変やかましかったのを覚えています。職員室から見えるグランド奥にある防球ネットに大量のカラスがとまり、やかましく鳴いている光景は異様で、しかも、朝から夕方まで止むことがありませんでした。これはきっと、ネットの向こう側にある斜面にタヌキか何かの死体でもあるんじゃないか、と同僚と話していたことを今もよく覚えています。

 朝寝坊でいつも出勤ギリギリまで寝ている私が、まだ6時にもなっていないのに目覚めたのはその数日後のことでした。3LDKで壁芯60平米あるかないかという中古マンションの一室、壁際においた洋服ダンスの前に枕が来るように布団を敷いて寝ていた、私と妻の頭の間に何かが落ちてきて、その音で目覚めたのです。

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 タンスの上に置かれていた、ホコリまみれになった木箱。高さ1メートル50センチほどのところからこれが落ちてきたのですから、布団の上とはいえ、かなりの音と衝撃だったのでしょう。目覚めて最初に見たのがこの箱で、箱越しに妻と顔を見合わせて笑ったことを覚えています。もし顔の上に落ちていたら笑い事では済まなかったはずですが、そのことが余計に二人を笑わせたのでした。

 時計の針は午前6時前を指していたので、早く起きる妻ですらまだ起床まで30分はあろうかという時刻。けれども、なぜかぱっちりと目が覚めてしまったので、手探りでTVのリモコンを探してスイッチを入れました。狭いマンションというのは何にでもすぐに手が届くので意外と住みやすいものです。

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 頭の上に救急箱が落ちてきて大けがしましたわ、なんて、どんな顔して言うんやろうなぁ、とこんな時でも無理矢理笑いに持って行ってしまう関西人夫婦。実際、軽い怪我で済むのであればむしろそういう事態になった方が「おいしい」なんて思ってしまうあたり、相当病んでいるのかもしれません。我が敬愛するS兄さん同様、笑いに関してはいつも全力投球です。違いとしては、S兄さんが笑い以外のことにも全力投球の根性の人なのに対して、私はお笑い特化型で、他のことに関しては全くの根性無しというところなのが情けないですが・・・・・。

 TVの画面はすでにスペシャル版になっていて、各地から地震の被害を伝える中継映像が流され、その周りに作られた青い枠には各地の震度などが表示されていました。時折映し出される近畿地方の地図では、京都府南部で震度5、というのが一番強烈で、兵庫県辺りは地震も何もなかったかのような表示になっていたのをよく覚えています。その日は京都府内の私立高校へ挨拶回りに出かける予定になっていたので、これは京都の方、電車ヤバいかなぁなんてことを思いながら朝ご飯を食べて、早めに出勤たのでした。

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 夕方になり、大阪方面の私立高校へ挨拶回りに出かけていた同僚達が戻ってきて、電車がほとんど動いておらず、たまに来るのも各駅停車ばかりで劇混み、ホントに酷い目に遭った、等と話しているのを聞いて、それでもまだ、あぁ、今朝の地震、結構凄かったんやなぁ、という程度の認識だったのです。兵庫県各地の通信インフラが途絶していて、酷いことになっているという情報すら入ってこない状態、そしてそのことに気づくことさえできていなかった(らしい)村山富市内閣。体の一部がざっくりとえぐり取られていて大量に出血しているのに痛みすら感じていない、まさにそんな状況だったのです。

 その当時メインで使っていた萬年筆は何だったのだろう、と思い出してみたのですが、まだそれほどの本数もありませんでした。毎年、年が明けると高校へ提出する内申書などを書くために新しいのを買う、という程度で、1995年当時であればおそらく、復刻で出されていた平和のペン、パーカーのデュオフォールドあたりを使っていたのだろうと思います。まだまだ萬年筆に詳しくない頃でしたし、ダイヤのオバチャンに「こっちにしなさいよ」と言われたこともあって、小ぶりなインターナショナル版の方を買って使っていたのです。

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 ざっと周りを見渡しただけで、これだけのペンケースが見つかりました。2階に上がればもっと大量のペンがあります。あのころはまだ2人だった子ども達も今は3人。そして私の住む奈良市では、毎月17日が「子ども安全の日」ということになっています。2004年の11月17日に小学1年生の女の子が誘拐され、のちに変わり果てた姿で発見されるという事件が起こったことを受けて決められたものです。1月17日は、毎日文句ばっかり言いながら生きている、でもそのことが実はとっても幸せなことなのだと実感する日なのです。

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コメント

そうでした。この日でした。
この日を境にその後の人生、激変した人が多いのではないでしょうか。
私にとっても忘れられない日です。この日が無かったら東北の地で仕事をすることもなかったでしょうね。

当時私が使っていた万年筆は、PILOTのミューです。まだ万年筆の世界を知らず、筆記具の1本という存在でした。
それがいつの間にか…。黄色だらけですが(笑)

 私が結婚して4ヶ月になろうとしていた頃です。目覚める直前に大地震が来る夢を見まして、家内にそのことを話しながら何気なくテレビのスイッチを入れたら、正に地震のニュースになっていました。被災地から500キロ以上離れた場所にいて、揺れを感じたのかどうか、今となっては分かりませんが、悪い夢が現実となって眼前に現れたことに驚きと悲しみを覚えました。

 被災した方々は、さぞ怖かったろう、寒かったろう、熱かったろう、辛かったろうと、推し量ることしかできませんでしたが、今でも涙が出る思いがします。そんな辛い思いを、一昨年に、今度は実際の揺れを伴って再び味わうなど、夢にも思いませんでした。

 毎年この日が来る度に、生きていること、命の尊さと重さ、人々との絆や肉親への思いといった事柄を痛感します。

この時から何度も何度も私達の国は大災害に見舞われています。日本の歴史は災害との戦いの歴史でもあります。
近年では北海道、東日本、近畿で大きな地震がありました。次は四国か九州(又は同時発生)だな、と気を引きしめて生活をしています。
因みに私は「その時」にはまだ冥府魔道に堕ちてはいませんでした(笑)。

 J-ROADCREW さん

 まだ東北で頑張ってらっしゃるのですね。寒い時期ですので、十分にご自愛くださいません。

 うむぅ、それにしてもミューとは、筆記具のうちの1本にしては「濃い」ですね。ごくごく普通の人が選ぶような代物ではありませんね。やはり栴檀は双葉より芳し、というところでしょうか。

 monolith6 さん

 私の場合も、揺れたとか救急箱が落ちてきたとか、そういうことぐらいでは起きないのが自慢(?)でしたが、あの日がすぐにお目々ぱっちり、でした。やはり何かを感じたのでしょうか。今もよく神戸へ行きますけれど、電車に乗っていても、あぁ、この線路の上を神戸から大阪まで買い出しのために歩いていた人がいたなぁ、なんていうことを思い出します。毎年欠かさず通っていたルミナリエにもここ数年顔を出していませんが、やはり風化させてはいけない思い出ですね。

 すいどう さん

 何もかも満たされて不足のない生活。そういうことに慣れてえぇかげんなことしてたらダメだよという、天からの警告なのでしょうか。被災された方にはできる限りの力添えをしたいですし、自分自身は感謝と節制をもって日々の暮らしを送りたいですね・・・・・萬年筆に関しては節制してないやろっ、ていうツッコミは無しでお願いします。

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