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2012年11月 2日 (金)

お礼状

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 とっても幸せそうな表情でカップをなめ回している「ちち(仮名)」さん。おそらくは飼育係である長女が食べたあとのアイスクリームか何かのカップをもらったのでしょう。彼女はお腹が弱いというか、普通の犬並みですので、ホンの少し残ったのを舐めるだけで十分以上なのですが、実に嬉しそうにしています。お姉ちゃんである「くま(仮名)」さんがもらえなかったものを私はもらったのよ、というあたりが彼女を喜ばせているのでしょう。

 地域で活躍している皆さんや高等学校の先生などを講師としてお迎えし、生徒に授業をしていただく、というイヴェントをやりましたのが先月の27日。それがために私はフェンテの集いに参加することが出来なかったわけですが、生徒たちはもちろんのこと、講師としておいでいただいた皆様もそれぞれに新鮮な感動を持ち帰ってくださったように思います。

 学校というところは、何か行事が終わるたび、生徒に「感想文」を書かせるところとして知られていますが、今回は趣向を変えて、というよりは社会では当然のこととして、授業をしてくださった講師の方にお礼状を書く、という取り組みをしました。

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 学校というのは実にお金のないところですので、お礼状を書かせようにも便箋すらありません。そういう事情もあって、適当な罫を引いた紙を印刷したものに手紙を書かせることが多いのですが、今回はふだん学校に縁のない方々へお届けする手紙であることと、生徒たちに便箋を使うという経験をさせたいという思いから、学年主任が便箋を買ってきました。入手先はもちろん、学校の味方100円ショップです。

 学年の動きを全てコントロールしようとしているのではないかと思われる教師が、何度も何度も「手紙を書くんですから黒のボールペンを持参させて!」と叫んでおりましたので、生徒たちには「黒か青のボールペンや萬年筆!」と伝えておきました。手紙をしたためるとなれば、できれば全員に萬年筆で書かせたいものですが、それは無理というもの。哀しい青い便箋に黒いインク、ではなくて、白い便箋に黒か青のインクです。

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 学校に忘れ物はつきものですから、ボールペンや萬年筆が入ったペン立て代わりのお湯呑みを教室に持って行きました。You know me?と聞いている湯呑み、なかなか素敵ですが、実は裏側に大きくひびが入っているので飲み物を入れるのには難があります。魚の名前に使う漢字がいっぱい書かれた寿司屋の湯呑みほどの大きさがありますので、ペン立てには最適です。

 勇気のある生徒が萬年筆を使うかな、と密かに期待していたのですが、失敗すると書き直しになってしまうということもあってか、冒険しようとする勇者は現れませんでした。しかし、何人かの生徒は萬年筆に興味を示し、PILOTの823や楓などで字を書いては「やっばい!」などと歓声を上げる者、「書きにくっ!!」と悲鳴を上げる者に加え、嬉しいことに「萬年筆買いに行こっ!」などと言う生徒もおりました。

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 どんな筆記具を使って書くかということよりも、どんな内容、体裁で書くのかということの方が数段大切なことですが、これに関してはあらたまった手紙なんて書いたことがないという生徒がほとんどですから、一例として紹介されたものを改変して書く生徒がほとんどでした。加えて稚拙な文字と誤字脱字の大集合ですので、最後に「こんなんですけれど、どうか寛容なお心でお読みくださいませ」と教師からのお詫びの手紙を添えて、講師を務めてくださった方にお届けするのです。

 言語活動の充実、というのが、現行指導要領の大きな柱の一つとなっています。「手紙を書いてみよう」というのは、なかなかいい題材になるなぁ、という手応えを感じたことでした。

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コメント

手紙、とても大切だと思います。私の友人、ハタチそこそこですが、手紙なんてほとんど書いたことがないという人が非常に多いです。

以前、誰かと話しているとき
○○拝
とかいたら、その返事に
○○拝様
と書かれていたという笑い話も聞きました。

あるいは、かしこと書いてあって、手紙は男性から。女装したのでしょうか。

前略 ○○の候…。 何を略してん!

と、笑い話には事欠きません。

でも、友人同士でのやり取りであれば笑い話ですが、友人同士でなければ笑い話なんて程遠いもの。そういうのを避ける意味でも、s-mailを書く機会が学校にあるのは素晴らしいことだと思います。

後は、万年筆で書く人が増えてくれればいう事なしなのですが。

もう少ししたら万年筆が振るうと言われる年賀状ですね。手紙を書いた影響に刺激されて、年賀状ぐらい書いてみようかという人が増えていたらいいですね。

前記されている達哉んさまのおっしゃっておられる事は正にそのとおり!手紙を書くお作法位は覚えて欲しい…のではありますが、別の考え方もあるんじゃないかなぁとも思っています。
電子メールでのやり取りで鍛えられている!?今の若い子は想いを表現する事に関しては私達おじさんよりも相当上だと思っています。
だから作法を気にして型に嵌まる位ならメールのノリで手紙を書いてみても良いんじゃない?と思っているのです。
極端な話「(講師の)先生の技術は、見ていてただ溜息が出るばかりでした。」と書かれるよりも「センセイのワザ、チョーハンパなかったです!マジでビビりました!」と書かれた方が書き手の顔が見える気がするのです(笑)
まぁ相手への礼儀がありますので、実際にそんな事は出来ないのですが…でも想像しただけで何だか楽しくて独りで笑ってしまいました。

 達哉ん さん

 日本の文化には「約束事」が多いですからね。たとえばお芝居なんかに出てくる黒子。あれだけ目立ってるのに、いないことにしてお芝居を楽しむ、というような。ですから、大げさなことをいえば、お手紙の作法を覚えるということは日本の文化を知り、後世に伝えていくということにも繫がっていると思います。

 現実は、おっかなびっくりで書いている子がほとんどで、しまった、後付けだけ2枚目にいってしまった、なんて騒いでおりました。あらかじめ下書きをしているのですから、そういうことも予想できるわけで、少しだけ文字を大きめに、間隔を広めにとって書いていけば大丈夫でしょ、なんて言うのですが、あらたまって字を書いていくと今書いている字だけに注意が集中して、全体を見渡すことを忘れてしまうのですね。ま、いい経験になったと思います。

 萬年筆を使ってみて嬉しがる子もいれば、キャップを後ろに挿したままペン立てに戻す生徒なんてのもいて、手紙も筆記具も、とにかくいろいろ経験させておかなくてはいけないと感じました。

 すいどう さん

 思うに、メールを打っているときとは思考回路が切り替わってしまうようですね。今の子、メールはリアルタイムのやりとりを前提としているので、それを字で書くと何のことやらわからない、というのが良くあります。躍動感というか、心の動きは良く出ているのですけれど、前後のつながりがわかっていないと意味が通じません。

 携帯小説なんてのが流行った(流行ってる?)こともありますが、結局、そういうものが良く馴染む世代なんでしょうね。講師の先生にメールアドレスを教えていただいて、というのもアリなんでしょうけれど、高齢の講師の方がけっこう多いので、それは博打です(笑)。もう少し月日がたつと、講師の方も礼状よりメールの方が嬉しい、なんて時代になるように思います。

勤務する公園で、遠足の子供達にネイチャーガイドを行ったり、中学生の職場体験の受け入れをしたりしています。

その後の話として、お礼の御手紙を頂くので それにお礼を書いて送っています。
相手が子供であっても、あまり手抜きをせずにきちんと書いていますから、貰って読み上げる先生が大変かも知れません。

なんせ小学校の1年生に、

拝啓 残菊の候、いよいよご活躍のこととお察しいたします。
などと書き起こしてやりますから。

でも、半分意地悪もあるのですが、子供でもきちんとした形式に触れるって大切だと思うからなのですが、、、やっぱり迷惑かなぁ。

 きくぞう さん

 私、法事なんかは大嫌いなはずですが、結構平気だったりします。それは小さい頃から法事に慣れてたからだと思うのです。ですので、きちんとした形を小さいうちから知っているということは大切だと思います。

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