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2012年10月 2日 (火)

オクリン

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 動きの速さについて行けてないのですが、「ちち(仮名)」さんがケージから身を乗り出すところを何とか撮ることができました。しょっちゅう目にする光景なのですが、なかなか写真に納めることが出来ず、いつも何か白いものが流れているという写真ばかり。時間を止め切れてはいませんが、かろうじて見ることができる1枚です。こういう場合には、広角側の歪みもおもしろい方向に作用するものですね。

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 エスペラント博士こと、ラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフ。帝政ロシア領であったポーランド出身のユダヤ人眼科医です。彼が1880年代に草案をまとめ上げた人工言語がエスペラントです。世界のすべての人にとって簡単に学ぶことができ、第2言語として世界の人々のコミュニケーションに役立つもの。エスペラントはそういう言語です。実質的な国際言語となっている英語に抵抗のある人にとっても、エスペラントならば受け入れやすい、ということなのですが、実際には印欧系以外の言語を母語とする人々にはすんなりといかない部分もあるようです。

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 世界の言語ということに関連しては、2日前の9月30日が「世界翻訳の日」でした。その昔、ヘブライ語の旧約聖書とギリシア語の新約聖書をラテン語に翻訳したヒエロニムスの命日というのがその由来だそうです。聖書に関係のありそうな萬年筆はこれしか持っていませんので、とりあえず写真を。ご存じPILOTカスタムの「バイブル」です。

 新約聖書のヨハネによる福音書に「それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠の生命を得んためなり。 神その子を世に遣したまへるは、世を審かん爲にあらず、彼によりて世の救はれん爲なり。彼を信ずる者は審かれず、信ぜぬ者は既に審かれたり。神の獨子の名を信ぜざりしが故なり。」という、「神は愛なり」として知られる有名な一節。その最初の一文がキャップと同軸に日本語と英語で彫られています。

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 私が通っていた高校には数々の名物先生がいらっしゃいましたが、中でも「オクリン」こと奥村林蔵先生の名物ぶりは群を抜いておりました。毎年新入生が入学式で撮る集合写真を顔の部分だけ切り抜いてえんま帳に貼り込み、授業に行く行かないにかかわらず、一学年460名、全校生徒1300名あまりの顔と名前をすべて覚えるということを自分に課していらっしゃったのです。

 実際、私は授業をしていただいたことがないのですが、ある日教室の窓から顔を出していたとき、下を通りかかった奥村先生に名前を呼ばれたことがあります。先生は私に「下を見よ!」と言われたので、素直に下を見ましたら、「もっと下だ!」とのお言葉。体を折り曲げるほどに下を見ますと、校舎の壁が目に入ります。「汚れておるだろう。拭いておいてくれ!」生徒も学校も、全てを愛してやまない先生でした。

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 そのオクリン(あえてあだ名で呼び捨て)、実はエスペラントの推進者で、授業を担当する先生が出張などで自習となったときにはよくエスペラントの手ほどきをしに来てくださったものでした。いろいろ教わったのですが、残念ながら一つも記憶に残っておりません。ただ、オクリンの熱心さだけは、30年以上たった今でも強烈に印象に残っています。

 当時、大阪府の公立高校教員には定年というものがなく、オクリンを含めた数名の先生は60歳を超えていらっしゃいました。アジャミと呼ばれていた英語の先生などは南満州鉄道で働いていた経歴の持ち主で、本土へ引き揚げて来られる際の、鴎外の「舞姫」さながらのロマンスなどは、何度伺っても飽きない、すばらしい物語でした。そういう強烈な個性が光る先生方に接することが出来たのは、本当に幸せなことだったと思います。

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 我が身を振り返って、私はそういう教師たり得ているか、というのがおおいに気になるところです。しかし、こればっかりは歴史の評価に任せるしかありません。30年先に私の教え子たちがどう思ってくれているか、楽しみでもあり、恐ろしくもあります。

 今日もまた、私が顧問を務めているクラブの子供たちとともに土木作業をしておりました。学校の中庭にタイルを敷いて、上靴のままで歩けるエリアを広げようという、とっても地味な作業ですが、生徒たちは大変熱心に取り組んでくれています。そして彼ら、彼女らの子供が中学生になったとき、「これ、お父(母)さんが造ったんやで。」と子供に語る、その日が来ることを楽しみにしています。そしてもう一つ、土木作業にいそしむことで、自分のお腹周りが小さくなることも。

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コメント

先生のあだ名は、どこも似たようなものになりますね。
私の母校は公立高校でしたが、そこの野球部を甲子園まで導いた平林(ひらばやし)先生は、ヒラリンと呼ばれていました。
学業より何よりも、高校野球を愛しているような人だったように思います。

 su_91 さん

 先日はありがとうございました。

 いや、オクリンなどは自ら「名は奥村林蔵、あだ名はオクリン」とおっしゃってましたけれどね。ちなみにオクリンは私の母校の卒業生でもあるので、大先輩ということになります。まだご存命ならば相当なお年のはずですね。

こうしてお話を伺う限り、昔の教師の方々は自分の教育分野以外でも博識でいらしゃったのだなぁと感心してしまいます。私達中年もまだまだ学び続けなければ、と改めて思いました。

 すいどう さん

 学校の門前に本屋を開くとすぐに潰れる、などと言われます。結構いい歳の同僚でも万年筆っていう筆記具の存在自体を知らない人もいますし、ごく普通の文具に関してもあまりにも無知な人が多いです。一方で、この人知らないことはないんじゃないか、というようなすごい人もいます。出来ることなら、いろいろ知っている方のグループに入りたいものです。

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