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2012年9月22日 (土)

高野山でお彼岸

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 賢そうにお座りをする「くま(仮名)」さん。近づくと避けられてしまうので、隣の部屋から望遠でおさえました。柴犬らしいムクムクとした感じがいいですね。この先、冬毛になればムクッとした感じになるはずです。

 暑さ寒さも・・・・・と言われるとおり、昨夜は暑がりの私が冷房を入れずに床についたほどの涼しい夜でした。お彼岸の中日である今日、日中こそ日差しが強くて暑さを感じましたが、日が暮れるとまずまずの涼しさ。これなら今夜も冷房無しで眠れるかもしれません。冷房無しで寝れば朝起きたときに抜群に楽なのですが、暑い時期にはそうもいかず、暑いと起きてしまうので寝入るときだけ・・・・・というのも無理。体調が悪く、お腹を壊していても部屋を冷やして寝る私は、職場では寒冷地仕様などと言われております。

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 昨日から絶飲絶食して、今日は朝から血液検査だっ・・・・・と勇んで出かけましたが、よくよく考えれば(考えるまでもなく)今日は祝日なので、土曜日であっても主治医は休診。すごすごと帰ってきて、お昼過ぎから高野山へお墓参りに出かけました。夕方5時を過ぎると死んだようになってしまう街、高野山。それでなくても列車本数が減らされている南海高野線、夕方以降は列車の本数も激減するので、朝早くに上って昼過ぎには下りてしまう、というパターンを守ってきたのですが、現在のダイヤでは嬉しいことに午後5時過ぎに極楽橋駅を出る特急が設定されているのですね。

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 極楽橋駅停車中の列車内、最も難波方から見た「極楽橋」です。この橋の先(左方向)には不動坂という急な坂道が続いており、高野山上まで歩いて行くことができます。大昔は木材運搬用のトロッコが急坂を登っていたそうですが、さすがに旅客を乗せてそれだけの坂を登るのは危険でしょうし、軽便鉄道ではなく標準規格の鉄道でそんな急坂、実現できたとしてもとんでもなく運行コストのかかる路線になっていたことでしょう。極楽橋からは最大斜度30度ほどのケーブルカーが5分で山上の高野山駅まで運んでくれます。そこからバスに20分ほど揺られて街の端にある奥の院に到着です。

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 英語圏からの観光客が何人か、同じ電車で高野山に来ておりました。外国人観光客と高野山ケーブル、という構図で写真を撮ろうとカメラを構えたとき、彼らはササッとよけてくれたのです。彼らもまた、ケーブルカーの写真を撮ろうとあれこれやってましたから、同じ考えのもの同士、邪魔をしてはいけない、と思ってくれたのでしょう。午後4時前、降りてくるケーブルカーの乗客は少なめで、お彼岸にこれでは高野山内の宿坊やお店も大変だろうな、と思ったことでしたが、要は電車で来る人が少ないというだけのことで、上がってみると山内はおおいに賑わっておりました。

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 こんなにガラガラの高野山ケーブルカーは久しぶりです。やはり、いい時間に行こうとすると混むという、当たり前のことを再確認。お墓参りはやっぱり朝から、という感覚が捨てがたいのですが、こういうことなら午後からのお参りというのもありかも知れません。

 この外国人観光客の一団は非常に研究熱心というか、ひょっとしたら鉄系なのかもしれませんが、ケーブルカーがどうやってすれ違い出来るのか、ということを話し合っておりました。日本人の女性が一人、エスコートしていたのですけれど、彼女の説明は完全に間違っておりました。高野山ケーブルカーはルガノ式ですので、すれ違い部分に可動式のポイントなんてないのです。

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 このあたりは国有林で、その一部を南海電鉄が借り受けてケーブルカーを敷設しています。わずか5分の道のりですが、沿線はケーブル沿線公園としてよく整備されていて、生えている木々に名札がつけられているのを車内から確認することが出来ます。高野山は海抜1000メートル、なんていわれるのですが、実際には「高野山」という山は存在しませんし、高野山と呼ばれている場所は標高900メートル前後です。八葉の峰(今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山)に囲まれた盆地を「高野山」と呼んでいるのですが、空から見ると蓮の花びらに囲まれているような地形で、霊山として最高なのだそうです。1200年ほども昔に空から見た地形がわかっていたなんて、さすがは弘法大師です。

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 暴れようとするお腹をなだめすかしつつ、何とかお墓参りを終えて下山。行きに乗せてくれたこうや号がそのまま待っていてくれました。奥に止まっている橋本行きの普通列車もなかなか魅力的なのですが、お腹の調子が悪いときはトイレのついた列車に限ります。夕方の5時ともなると、山に囲まれた極楽橋駅はそろそろ暗くなりはじめています。

 幼い頃、夏休みに母の実家へ帰省するために高野山まできて、そこから村の人に車で送迎してもらっていたのですが、その頃は高野山に向かう電車はどれも超満員で、電車に乗るだけで大事でした。道路が整備されて、高野山へはクルマで行く、というのが多数派になってしまったようですが、南海高野線の橋本以遠の区間は、鉄な人もそうでない人も、是非乗っていただきたいです。癒やされますよ。

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コメント

お彼岸のお参りご苦労様です。
私は旅人として一度訪れただけですが、お盆やお彼岸の度に遠く高野山までお参りにいくというのは大変ですね。
高野山奥の院に先祖代々のお墓を持つつきみそうさんは、戦国武将の末裔か高貴の家柄のお生まれで世が世なら一国一城の主ではなどと勝手な想像を膨らませております。
天空の聖地「高野山」は、また訪れたい場所のひとつです。

 いやなにいまでこそ人々は都会に住んでおりますが、ほんの100年前には野山に散らばって住んでいたのです。それこそ弘法大師様の時代は、都人はわずかで山深く自給自足で暮らす人たちばかり。弘法大師は語学の達人でありましたから、奥地に根をはって住んでいる村人達と懇意になることもたやすいことだったのでしょう。村人達は自分たちが住んでいる地形がどのようになっているかは理解していたことでしょう。

 Mont Peli さん

 私がそういう出自で、家には蔵があってその中には限定品の箱が山のように・・・・・ならいいのですけれど。

 観光として奥の院を歩きますと、確かに誰もが知っている歴史上の人物のお墓がずらりと並んでいます。高野山全体が一つのお寺「金剛峯寺」だった昔と違い、今は金剛峯寺が本部で、なんとか院、というかつての塔頭が一つの独立した寺院。それぞれのお寺は、奥の院の敷地内に時分のところのお墓として使える土地を区分されているわけです。我が家の祖父がその一つのお寺の住職と友人だったので、「えっ?」と思うほどいい場所に我が家のお墓はあります。調整師を友人に持つといつも書き味のいいペンが使える、みたいな話なんですね。

 くーべ さん

 なるほど。地上絵を空から見て不思議がっているけれど、描いた当人たちは案外わかってたのかも、ってのと同じような話でしょうね。高野山なら京都から遠く、しかも熊野への道筋。京都の政権とつかず離れず、という絶妙な位置取りなのかも知れません。

くーべさんとつきみそうさんに肩透かしを食わされたような気がしないでもありませんが、一応そのように承っておきます。
3年ほど前に東寺、昨年の夏に、弘法大師生誕の地に建立された善通寺に参詣し、三大霊跡を巡り終えました。
漆黒の闇を手探りで壁伝いに歩く「戒壇巡り(善通寺)」は心臓に良くありませんね。

私なんか性懲りも無く約20年(もっとか?)くーべとつきみそうに肩透かしを食わされています。
それでも慣れないのねえ~~~

 高野山は昔弘法大師がクマとちちという黒犬と白犬を連れて訪れ、水銀の鉱脈を発見したという。鉱脈の財で高野山を建てたのではという話があるそうです。弘法大師は鉱山学にも長けたお方だったのですね。
などと書きだすと信じられますでしょうか。

 Mont Peli さん

 四国の霊場巡り、お遍路さんをしますと、本当に不思議なことに出会うのだそうです。高野山の奥にある私の母の実家、そこに住んでいた祖父がお遍路さんをしたとき、とても親切にしてくださった地元の方がいて、いろいろとお話をしていましたら、ずっと前にお遍路さんをしていて行き倒れた祖父の姉を面倒見てくださった方だったのだそうです。仏縁というのでしょうか。私も10年後、まだ元気だったらお遍路さんしてみたいものですが、体力も財力もないから無理、ということになるんでしょうね、きっと。

 マオぢぃ さん

 おっちゃんの場合、きちんと標識とか案内図があっても迷子になるぐらいですから、私らそんな深く考えんでもおっちゃんで遊べます。わし、くーべさんフランス人説を主張してるんですが、知ってはりましたか?

 くーべ さん

 高野山にほど近い丹生都比売神社の期限でもそれが言われてますね。実際、デカい絵馬に白黒2頭の犬が描かれたものが飾られています。

 このあたりで産する辰砂は朱の原料でもあり、精製すると水銀にもなりますからねぇ。儲かったことでしょう。

 この丹生の明神に導かれて高野山を開こうとしたもののいろいろと障害があって、夢に出てきた荒神さんを祀ったらうまくいったのだとか。その立里荒神というのは我が家の氏神さんです。

弘法大師は三筆の一人でもありますよね。今のヘンタイさん達が書き心地うんぬんを言いながら万年筆で右往左往している様子を御覧になったらどう思われるのか?興味がありますね…でも、筆を選ばない方ですからねぇ、百年早いと怒られちゃいますか(笑)

 すいどう さん

 弘法は筆を選ばず、なんて言われてますけれど、性霊集という書物には「良い筆がなくてうまく書けなかった」という記述があるそうで、能筆であるからこそ良い筆を選ぶ力もあるのだ、という意味のことも言われております。ま、ヘンタイさんは書くのが目的ではありませんから、いいんでしょうね。筆の誤りではなくて、筆で人生誤ったというか何というか・・・・・。

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