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2012年8月19日 (日)

焼き付ける

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 今日もあご枕で気持ちよさそうにお休み中の「くま(仮名)」さん。飼い主は教え子たちが企画してくれた大同窓会に参加して大盛り上がりで、最終電車に乗ってのご帰館となりました。社会人になって3年目、初めて中学3年生の学級担任をしたときの子供たちですが、それから四半世紀たっているのでみんな40歳。いいことも悪いことも一通りは経験してきて、みんなとっても魅力的な大人になっていました。

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 250人ぐらいいた同窓生全員に連絡をとって一堂に会する機会をもとう、という何とも壮大な計画。自分自身が40歳だったときにこんなことを計画・実行する度胸も力もなかったことを思うと、幹事を務めてくれた皆さんには頭が下がるどころか平身低頭、何度お礼を言っても足りません。

 今でもロクな教師ではありませんが、当時はもっとひどかったわけで、そんな私でも恩師として呼んでくださったので、むしろ恐縮して、ご辞退申し上げるつもりでおりました。なぁんにもしてあげられなかったのに何が恩師だ、という思いが強かったのです。

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 100人ほど写真に収まるというのは実に壮観。当時30代だった学年主任とリーダー格の先生を見て、あぁ自分も10年たったらあんな先生にならなければ、と思っていたはずでしたが、はたしてどれだけ努力したのか。そのお手本であった先生方が、すでに退職、あるいは退職を目前にされているというのに、私はいまだにフラフラしております。

 今、職場では隣に大学を出たばかりの新人が座っておりますが、これがまた優秀そのもの。自分が新人だったときにはとてもこんなことはできなかった、と目をみはる毎日です。そんな奴がロクに努力もしないで歳ばっかりとった今の私は、ベテランというよりペテランというべきでしょうか。

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 そんな私ですが、同窓会にお招きいただいた上に、お土産までいただいてしまいました。吉野のこだわり卵です。中学卒業後四半世紀がたち、今も地元に暮らしている人、近隣他府県、首都圏、あるいは遠く北海道に生活の基盤を置く人など、実にたくさんの卒業生が駆けつけてくれましたが、本当にみんな立派。私が担任していたクラスにいた人たちも、みんな魅力的な大人になっていました。

 クラスの生徒の平均点を何点以上にする、などといった数値目標を掲げて、それを達成できるかどうかで教師の評価を決める、という動きが進んでいます。そういう努力は必要ですし、怠け者や力のない教員はどんどん淘汰されていっていいと思いますが、結局、教師の仕事の成果というのは、卒業生から「先生!」と声をかけてもらえることだと思っています。

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 ある日あるとき、駅前でどこからか「先生!」と呼ばれた気がして、声がする方を見ると、ニコニコしながらこちらを見ている人がいる。たぶん私は、この瞬間がたまらないのでこの仕事をやっているのだと思います。今日、目に焼き付けた「教え子」たちの立派な姿、これを励みに、また明日からしっかりと仕事に励もう、と柄にもなくまじめな決意をしたことでした。

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コメント

なんだか気になるだけどさ、
I will be meet your smile.

 マオぢぃ さん

 英語使う人には違和感あるのでしょうね。わし、英語もまったくダメなので、無理にでも訳してみてちょうだい。おかしなところも教えてね。

中学英語は私の守備範囲外です。うふふ

同窓会お疲れ様でした。
会場のトイレで思いがけずカード頂いたので(笑)
ブログ覗きに来ました。
「玉磨かざれば…」
遠い昔 先生が通信簿に書いて下さった言葉です。
何方かの偉人の格言だったのだと思いますが、
担任の先生から贈る言葉を頂いたのは、後にも先にもこれ一回なので、
今も忘れず、心に残っています。

怠けそうなときに、勇気をくれる言葉です。

子どもの平均点を上げるのが目的なら塾の講師で充分ではないか(より向いている?)と思ってしまいます。では学校の先生は塾講師と何が違うのか?という問いには私は明確な答えを持ちません。何とも難しい職業ですね。

 やまこう さん

 本当に楽しい同窓会、ありがとうございました。

 当時のD中の通信簿にあったコメント欄。職員室にいる20数人の担任の中で、いっつも最後まで仕上がらないのが私でした。あれ、担任が書いたコメントはひとつひとつ校長先生が読んで、誤字脱字、表現を変えた方がいいところなどを指摘してくださっていたのです。ほんの少しでも、その人に合う文章を書きたいなぁ、とあがいていた25年前。稚拙を絵に描いたようなコメントだったと思いますが、少しでもお役にたてていたなら、とってもうれしいです。これぞ教師冥利、ですね。

 すいどう さん

 点数という形で現れる「学力」を伸ばすなら、その専門家が向いているのは当然のことですね。今の学校という環境、40人ほどに一斉に同じことを伝えてという形、限界は見えています。ITも発達してるので、それに頼った個人学習の方がよほど学習効率は高いでしょう。

 でも、こういう同窓会があると、やっぱり学校っていいよな、と自画自賛してしまいます。最後まで反面教師で終わってしまうのかもしれませんが、いろいろ文句を言いつつもやっぱりこの仕事が好きなんですね。

私の友人(高校の同じクラス)で駅前で塾を経営しているのがいますが、まともな(子供をちゃんと教えることが出来る)塾の先生は皆無だと言っています。
だいたい塾の先生はその塾の卒業生とか大学在学中というか
1~2年が多くて学問のそれぞれの科目の考え方が会得できていないので、効率良く教えることが出来ないとの事です。
とりあえず先生のほうが生徒をちゃんと教えることが出来るはずです。(希望も入っているけど、勉強していない先生も多い)
つづく(原稿書いて推敲しなければ、ワケワカメになる)

 マオぢぃ さん

 学校前で本屋を開業したらつぶれる、とよく言いますからね。職場のメール受信用端末が代替されて、メールクライアントがOutlook ExpressからShurikenに変わっただけで半数の先生はパニックです。勉強せぇよ、先生たち。

 教え方は?なのもいるでしょうけれど、塾の先生と生徒の結びつきは強いですね。受験突破という目的が一致しているからでしょうか。合格発表見て喜んで、学校の教師ではなく塾の講師に先に抱きつく、なんてのを何百回と見てますが・・・・・。その結びつきが本物ならば、私らもぜひ学びたいものです。

最近は、皆分からないことがあると、自分で調べることもせず、すぐ人に、それも結果だけ尋ねる人が多すぎます。
トラブルに出会っても、すぐ聞くし最低です。
本来指導すべき年長者にも同じようだから、ド最低です。
調べる手段は昔より非常に便利になったのにねえ。
「ねえ、マオぢい(仮名)、これ教えて!」自分で調べて
どうしようもないなら、聞いても良いけど、それまで自分で
頭使え!あほたれ!
若い内は、結果より自分の頭で考えろ!てんだ。
おとといきやがれ!

 マオぢぃ さん

 教えて君には二通りあると思います。今ここを切り抜けたらそれでいいという考えで聞く人。このタイプには教えるだけ無駄です。放っておけば他の人に聞くか、すねるか、あきらめるかです。
 できればもう一つのタイプ、向上心のある人に聞かれたいですが、そういう人はある程度まで調べてから聞きに来ることが多いので、むしろ記憶に残らないですね。

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