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2012年2月 9日 (木)

にくじゅうはち

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 無事に餌を食べ終えた「くま(仮名)」さん。朝のお散歩の後に与えられる餌を少しだけ食べて放置。その後は気が向いたら少しずつ食べて、翌朝にはきれいになくなっている、というのが彼女のお食事のパターンです。餌を与えて犬が食べ終えたら速やかに餌鉢を片付けるべし、というのが犬を飼う上での鉄則となっているようですが、残念ながら我が家の犬たちには通用しなくなってしまいました。

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 今日2月9日は、フグの日、服の日、福の日、肉の日。語呂合わせばっかりですが、「ふく」からということで風の日という、ちょっとひねった日でもありますし、巨匠手塚治虫の命日ということで漫画の日でもあるそうです。アニメの日でなく漫画の日なのは、それをきめたのが「まんだらけ」だからでしょうか。

 写真はJR京都線六地蔵駅のホームから撮った焼き肉屋さんの壁。乗っていた列車がホームに滑り込む直前、車窓からこの文字が見えたので途中下車して撮りました。

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 と、いうのはウソでして、この焼き肉店がなくても六地蔵駅で降りるつもりでした。このJRの駅のほぼ真下(地下)には京都市営地下鉄東西線の六地蔵駅があり、どちらも所在地は京都市ではなく宇治市になります。京都市営地下鉄の駅としては唯一、京都市外にある駅です。

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 最初に六地蔵駅として開業したのはこの駅ではなく、山科川の対岸にある京阪電鉄宇治線の六地蔵駅で、こちらの所在地は京都市伏見区になります。もともと単線であったJR奈良線のカーブ上に行き違い可能な駅をこしらえたもので、駅のホーム全体がバナナ型にカーブしております。京都方面行きの1番線はもともとの本線であったために線路にカントがついており、ホームとは反対の方に列車が傾いた状態で停車することになります。

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 阪神電鉄本線の御影駅ほどキツいカーブではありませんが、それよりも車両が長く、しかも反対方向へ傾いていることもあって、相当に広く隙間が空いてしまいます。例の尼崎での脱線事故の後、JR西日本全体で安全性向上のための見直しが行われた際に問題となって、ちょっと珍しい対策が施されています。

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 赤いところが本来のホームの端で、左の方、黒く見えているのが隙間を詰めるための対策が施された部分です。カーブしている線路を列車が走るのですから、あまりにホームをせり出すと車両に接触します。そこで、列車に接触しても大丈夫で、しかも乗り降りする乗客が踏んでもしっかりと体重を支えてくれるような櫛形のゴムが取り付けられています。

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 ホームの縁を見下ろしたところ。この櫛形のゴムの上に人が乗っても大丈夫ですし、このゴムに車両が接触しても問題ないとされています。万が一車両とゴムが接触しても、列車の進行方向に向かって櫛形の部分が倒れますので問題なく、上下方向に厚みがありますから人が乗っても支えることができるのです。

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 奈良方面行きと一部の京都方面行き列車が発着する2番線は、ここに駅を設置する際に付け加えられた線路なのでカントもほとんどなく、外側になるために線路の曲率も大きいのでさほど列車とホームの間が開かないため、こうしたゴムは取り付けられていません。駅にする際に1番線のカントを撤去すれば良かったのでしょうが、それは相当に大規模な工事になるために見送られたのでしょう。

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 百聞は一見に如かず、です。お近くへ行かれる際は、ぜひこの珍しいゴム付きホームを間近でごらんください。ただし、見たり撮ったりするのに夢中になって危険な目に遭わないよう、十分ご注意くださいね。最低限のマナーすら守れない「にわか鉄」がたくさん湧いてきて、年季の入った「鉄」としては難儀なことだと思っております。

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コメント

そう言えば40年ほど前の記憶、、、
石橋の駅で夕方授業が終わって、箕面から梅田へ行く電車で
発車するのを友達と一緒に席に座って待っていると、
電車の外から、別の友達が待ってくれ~~と行って電車に
飛び乗ろうとした瞬間、、、、、
見えなくなってしまいました。
えっ??
友人は電車とプラットフォームの間に片足をつっこんで
呻いていました。
怪我がなかってよかったですが、皆と笑い転げました。
ちなみに彼は秋田大学で教授をやってます。
箕面からの線路はカーブだったのかなあ?
池田からの電車なら隙間なかったのにねえ。

 マオぢぃ さん

 その時分は大学生が乗るような時間帯にも直通があったんですね。宝塚線系統はお古が多かったですからねぇ。

うーーん
よく思い出してみると、、、
箕面からの電車が停まるプラットホームで梅田行きの
準急の始発電車では??
でないと発車までガラガラの車内で待っていたと思うから。
梅田から箕面へは、準急が有ったような微かな記憶が
ありますが。
多分1970年の春だと思います。
待兼山は教養の一年の時ね。(北千里も行っていた)

 マオぢぃ さん

 しゅごい。私なんてまだ小学生。万博へ何度も通ってすごいなぁとぼんやり見ていました。ホント、出来の悪い小学生でしたけど、万博のことだけはしっかり勉強(?)してました。

今は昔、白浜から京都への急行がありまして、名前も「紀州」とか申しました。当時は福島から新大阪への貨物線を旅客列車が走ることもなく、和歌山駅からは和歌山線で高田駅へ。高田駅で方向を変えて桜井線経由で奈良駅を通過し奈良線で京都へ至るというたいへんなコースでした。もちろん懐かしのキハ58系。なんだかつきみそうのようは語り口となってしまいました。

「紀州」は記憶違いで、急行「しらはま」らしい・・・。

 くーべ さん

 それ懐かしいですね。名古屋から「かすが・平安・しらはま」っていう急行が来て、京都から来た「しらはま」と奈良で併結され、和歌山線をくだっていったのです。京都を朝の9時頃出て白浜に午後3時前につくというあり得ない列車でしたが、その頃だとそれしかなかったからみんな怒りもしなかったんですね。で、国鉄はダメになった、と。

 くーべ さん

 ちなみに「紀州」っていうのは天王寺と名古屋の間を紀勢本線経由で走っていた列車です。これも気の長い話ですね。あと、南海難波から和歌山市まで来て、そこから紀勢本線に乗り入れる「きのくに」なんてのは結構長く残ってましたね。

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