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2011年12月17日 (土)

百伝う

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 ゆったりとくつろぐ「ちち(仮名)」さん。それもそのはず、朝は長男に、そして夕方は長女に、それぞれお散歩に連れて行ってもらいました。ここまでは当たり前の日常です。にもかかわらず、日が暮れてから長男が「くま(仮名)」さんを散歩に連れて行こうとすると、当たり前のように「私もっ!」と騒ぎ出したので、優しい長男がよしよしと連れて行ってくれて、思い通りの1日で今日は大満足、なのです。

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 良く晴れた冬の1日。寒いので小春日和とは言えませんが、のどかな風景です。ここは奈良県橿原市東池尻というところで、田んぼの向こう、里山の麓にあるのが御厨子観音という、このあたりではちょっと知られたお寺です。手前にガードフェンスがありますが、ここで行われている発掘調査でちょっとした発見があったので、今日1日限りの現地見学会が開かれたのです。 田んぼになっているところに、有名な「磐余池」があったのではないか、ということで、歴史好きな人たちの間ではけっこう盛り上がっております。かつて歴史少年であった私も、「せんとくん」のTweetで見学会があることを知り、とりあえず行ってみることにしたのです。

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 こんなふうに周りより盛り上がったところがあるので掘ってみた、ということのようですが、このあたりはいわゆる大藤原京の中にあたります。昭和44年に岸俊男先生が藤原京は南北に長いものであったという説を発表されて、それがほぼ定説となりかけていたのですが、10年後に藤原京がもっと大きなものであったことを示唆する道路の遺構などが発見され、以来、その広い方の範囲を「大藤原京」などと呼んでいるのです。いずれにしても、史料には藤原京という言葉はなく、藤原宮というものが出てくるから藤原京、と呼ばれているようです。

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 万葉集や日本書紀にたびたびその名が出てくる「磐余池」ですが、藤原京自体がどんなものだったかもはっきりしないほどですから、甲子園球場8個分ともそれ以上ともいわれる磐余池もその所在がわかっていないのです。悲劇の皇子として知られる大津皇子の辞世「ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」にも歌われた磐余池、歴史ロマンが大好きな方にはたまらないテーマであり、ひょっとしたらここがその磐余池だったのではないか、と思われる今回の発見、非常に反響が大きいようです。

 土を積み上げた遺構、池の底に堆積してできたと思われる層、そうしたものが見つかったので、池があったことはほぼ確実。でも、池があったかどうかということよりも、この堤防のすぐそばに塀や建物の遺構がある、ということの方が重要なようです。

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 この場所が周囲よりやや高いところであることから、潅漑用の池があったと考えるのは自然なことですが、さらにここが景勝地として、身分の高い人が池を見るための施設、あるいは屋敷のようなものがあったとしたら、それこそ磐余池だ、となっても不思議はありません。来る人来る人、みんな判で押したように「ここが磐余池だったということですか?」と聞きまくっておりました。

 考古学的にはこんな遺構が出たからこういう可能性が考えられる、ということしか言えないのは当然ですから、「わかりませんねぇ」という返答になるのですが、それを聞いて残念がるのはまぁいいとして、中には「はっきり言えよっ!」なんて怒りだす人がいたのには参りました。歴史好きなのはけっこうですが、ロマンと学問は別ですからね。ご自身でそうに違いない、と過去に想いを馳せるのは勝手ですし、楽しいことですけれど、研究している人を怒鳴りつけるようなものではないと思います。

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 こういう、周囲は住宅と田んぼ、という風景。駐車場はないと案内に明記されているのに車で乗り付けて停められないと怒り出す人。大人が大人でないこの国は、そう遠くない将来に滅びてしまうんではないか、と本気で心配してしまいます。ま、そう思っている私が一番大人になれていない人なので、あんまり偉そうには言えませんけれど、憂うべきことですね。

 詳しい資料はこちらです。見学会は今日だけですが、発掘現場のそばを通りかかることはいつでもできます。場所としては、これも歴史ロマンの舞台である明日香村の北東、というところになります。冬の奈良、大仏殿や春日大社、興福寺のある奈良市内もいいですが、法隆寺のある斑鳩の里やさらに南の明日香村、もっと南の吉野山なんかもいいものですよ。

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コメント

「こんぴうた入れたら何でもしてくれるんでしょ?なんでアレもでけへんこれもでけへん言うの!アンタみたいな素人いらんわ!」いうて怒るお客様に似てますねー。>はっきり言えよと怒る人。
なーんも知らんし人の話も聞く気もないのに、プライドだけはいっちょ前。思い通りにならない事や、知らん事をバカにされているんじゃないかという事に腹を立てるみたいですよね。
昔の小説や話を聞く限り、学者や技師の言う事は、専門家の話として尊敬をもって拝聴されたものらしいですが、一体いつ頃から同じ目線でなければならないと勘違いした考えが流行始めたのでしょうかね。
考えてみれば、生徒が先生と自分と同じ目線であつかうのもそういうところから来てるのかもしれません。私らの生徒時分は、荒れてる子でもエライ先生に反抗する自分という図式だったはずですが、今の先生なんかツレ以下の扱いにはまずどうしてそういう考え方が出来るのかそこから小一時間問い質したくなります。

おー、懐かしいです。

育った市のお話しだし、それに、実家は御厨子観音の檀家です。

それに、歴史も好きなので興味深いですね。

 ardbeg32 さん

 そう、仮にも専門家相手にそんなに偉そうにせんでも、って思うんですけどね。みんな、いっぱい嫌なことかかえてるんでしょうね。だから、文句言い返さないとわかってる相手には強く出てすっきりしたいと無意識に思っているのじゃないか、と最近は考えています。

 another person さん

 それはまたなんと・・・奇遇ですねぇ。このあたりは相変わらずののどかな風景です。中和幹線っていうふっとい道路が作られているので、これから変わっていくことでしょうけれど。

私が天理にいた頃聴いた話では、

天理のみかん山は大体が古墳で、

天理の百姓は誰も鏡の1枚は持っている。

家を建てるのに掘り返して、土器とか出てきたら

調査で工期が遅れるから、捨ててしまうんだ。

なんて話を聞きました。

話だけなので、真相はわかりません。

30年近く前の話ですけど。

 ひろなお さん

 それは本当で、そして今でもそうでしょう。プロ野球近鉄バファローズの梨田選手が自宅を建てようとしたときもそういうことがありました。遅れるなんてものじゃなく、下手するとそのまま、自分の土地が自分の自由にならなくなりますからね。明日香村の人なんてけっこう難儀してるんじゃないでしょうか。

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