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2011年12月15日 (木)

NPO

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 さして大きなトラブルもなく、全校生徒の通知票が完成して、とっても気分良く帰宅した飼い主。そして、いつもと違ってあまりやかましく鳴かない「ちち(仮名)」さん。目の前には妻と長女が「倒れて」いるので、安心して寝ていたのでしょう。起こして布団に入らせるのがベストですが、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので毛布でも掛けてそのままにしておくのがよいかも、などと悩むところです。

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 さるNPOが生徒を対象に「ものづくり」についての講演をしてくださることになり、その打ち合わせに来られた方々をお迎えしたところで1枚。玄関脇の花壇に作られたこの正月飾りは、学校業務員さんの力作です。学校業務員は不要だとおっしゃる市民活動家上がりの市長さんに、ぜひ見ていただきたいものです。

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 こういう飾りが設置できること自体、うちの職場がすばらしいところであることの証です。いわゆる荒れた学校でこういうものを作れば、1時間とたたないうちに竹が引き抜かれて竹槍となり、誰かが怪我をするか、下手をすれば命を落とすことになるでしょう。実際、ほんの数年前まではそういう状況でした。今のように落ち着いた学校になると、楽をすることばっかり考えるちゃらんぽらんな教師が大量に異動してきて、その結果再び学校が荒れてしまうのです。そういう意味では、ほどほどに荒れている学校というのが一番良いのかも知れません。

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 物作りやPCに関する講演をします、といって打ち合わせに来てくださったのは、「おじいさん」というほかはない年輩の紳士と、いかにもそれっぽい、秋葉原の路上にあふれていそうな若い人。しかしこの老紳士は、奈良県で日本初の電卓が産まれた頃に活躍されていたエンジニアなので、打ち合わせはポンポン専門用語が飛び交う高度な内容となりました。

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 完全に成熟した商品は、もはや機能を追求するのではなく、付加価値で勝負、ということになります。電卓などはこういったキワモノ系にいくか、完全な実用品としてビジネスライクにいくか、ですが、私が小学生の頃はそんな時代が来るなんて想像もできませんでした。

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 ちょっとややこしい計算は計算尺でこなしていた父親が、忙しいからと持ち帰ったのがコンセントから電源をとるような巨大な電卓。今思えば、それをこしらえていたのが目の前の老紳士たちだったわけです。その巨大な電卓の表示部分が強く印象に残っていて、見た目の特徴を語りましたら、「あぁ、それは・・・」と名前を教えていただくことができました。40年の時をこえて、ようやくものの名前を知る。感動です。

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 その表示素子の名前は「ニキシー管」。某ぢぃさんのように手回し計算機でガラガラやってた人なら見ているはずです。このページなんかも教えていただいたのですが、実に懐かしいですね。

今、職場で隣に座っている人は、ちょうど私が教師になった頃に教えた生徒と同年代なのですが、当然のことながら計算尺を見ても何に使うものかわからないと言います。気がついてませんでしたが、私もおぢいさんになり始めているわけですね。

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コメント

あの昔の電卓は表示部分の速度が速くて良いんです。
液晶の電卓はキー入力と結果表示に表示速度が
追いつかなくて使えませんでした。
計算尺はもう処分してしまいましたが、実験中に比例した
結果と言うか比例した予想値がでるので一瞥して分かるので
電卓より便利です。
あの頃は若かったなあ。。。学内は学生運動で、活発でした。(笑)
あんな学校に行くより奈良医大なら入ったかもと今思う
私です。

 マオぢぃ さん

 もしおっちゃんが奈良医大に入っていたら、今頃は奈良県医療界の重鎮ですがな。何と恐ろしい。

計算尺も古典芸能として「計算尺検定」みたいなものがあるのでしょうか。算盤は2流派の伝統芸能を守る会があるようですし、電卓も技能検定みたいなものがあるようですが、このあたりすべて動作の芸術点も加味した段位となって欲しいものですよね。どうせ実務には役立たない芸なんだから・・・。

 確かにおっちゃんが奈良医大に入っていたら、奈良県医療界の重鎮というよりか文鎮かもしれませんね。

 くーべ さん

 なんと1981年頃まであったそうですよ、計算尺検定。こちらにそんなことが書かれています。
http://www.enjoy.ne.jp/~k-ichikawa/slideRule_exam.html

 何の役にも立たないというと、まだ現役で使っている人が怒りますね。マオぢぃさんですら現役で動いてるんですから。

まだ、自宅の机の奥底に計算尺があるはずです。もっとも使い方も忘れてしまいましたが、、、

ニシキー管は、名鉄のパノラマカーで速度表示をしているところに使ったあったのではなかったかなぁ。懐かしいです。

大学時代は計算尺ではなく、プログラム電卓で遊んでいました。あれでゲームなんかを良く作ったもんです。

きくぞう さん

計算尺はそろばんと似たところがありますから、使い方忘れやすいし忘れたらお手上げですね。近いうちに復習して記事にします。

シャープのPCー1250買うつもりが1500の方がいいぞと思い始めて、何やかんやで結局はMZー2000買ってしまった大学生の頃。あの頃は百貨店おに「マイコン」置いてありましたからねぇ。

ニキシー菅懐かしいですね。奈良県下の某学校の実験装置にも結構使われてました。最近目にしたのは某独裁国家の原発施設ですかね?
オネアミスの翼というアニメでも、リレー回路を使った大型計算機の表示部に使われてたりして「年寄りのアニメーターがいるなー」とニヤリとしたものです。
ニキシー菅の後継の蛍光表示菅の機器は、家ではまだ結構現役機が残っています。液晶バックライトと比べて一杯有利な点もあるので、若い人にもっと知って貰いたいですねぇ。
計算尺、きくぞう様と同じく学校時分は既に関数電卓+プログラム電卓だったので残念ながら使い方や便利さを知らないんです。時計に計算尺を積んだモデルなど憧れてしまうのですが、使えないなら無用の長物と悔しい思いをしております。

 ardbeg32 さん

 そう、古いものでも優れている点は多々ありますね。進化ってのが結局のところ簡素化とコストダウンにつきる、っていう感じもなきにしもあらず、です。

 計算尺は思い出しながら使ってみると楽しいものです。現役だった頃みたいにパッパとできないのが痛いところですが。

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