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2011年9月29日 (木)

せんせい・2

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 女の子真っ盛りなのでケージから出してもらえない「ちち(仮名)」さん。それなのに「くま(仮名)」さんが部屋の中をウロウロ歩いているのを見て発狂寸前、悲しげな鳴き声を上げてアピールするのですが、「これ、やかましい」と声をかけると黙ってこんな姿勢をとるようになりました。まだまだ幼いとはいえ、かなり賢くなってきた印象です。

 我が畏友、Bromfield氏がこちらの記事で書かれていますが、学校、そしてその最前線に立っているせんせいというものは、実に融通の利かない厄介なものとして世間一般に認知されているように思います。特に、ほぼすべての人が納得していないと思われるのが小学校でのシャープペンシル使用禁止。私が勤務しているのは、おそらく全国で一番、優しく、物わかりの良い先生が揃っている県なのですが、それでもこうした規制は少なからずあるようです。

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 小学校(特に低学年)ではシャープペンシルを持ってくることも使うことも禁止。ましてや萬年筆なんて・・・・・ということで、その理由として字が下手になるとか、先端が尖っていて危険だとか、萬年筆であればインクが飛び散るかもしれないとか、信じられないものから何となく納得できるものまで、それこそせんせいの数だけ、あるいはそれ以上の理由が挙げられます。

 日本語の文字を書くときのとめ、はね、はらいなどを身につけるには、やはり鉛筆が一番適しているのは疑いのないところでしょう。萬年筆は正しく扱えば鉛筆をしのぐでしょうが、小学校の低学年でそれを教えろと言われたら、私にはできませんと断ります。保健室に替えの下着が用意されている、それが小学校です。おしめがとれて3、4年はたっているはずの子供たちですが、まだまだなのです。そんな、毎日やってきたことすら満足にできない子に合わせざるを得ない、というのが公立学校の現状です。

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 中学生になったお祝いに萬年筆を、なんていう時代には、親だけでなく、大人がみんな子供の面倒を見る、そういう社会が残っていたように思います。失われつつあるその良さが見直されて、文部科学省なんか、地域の協力を得て学校を再生する、なんて虫のいいことを言っておりますが、世の中が、そして人々の思考が大幅に変わってきているので、なかなか一筋縄ではいきません。

 「昔は良かった」なんてのは単なる懐古趣味にすぎません。今の社会情勢に合わせて、昔の良かったところをうまく取り入れていくことが大切なのであって、時計を戻せばよいというものではないはずです。

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 話を戻して、なぜ「せんせい」は何でもかんでも禁止するのでしょうか。つまるところ、いろんなものを守るため、すなわち危機管理の一環として、問題のタネになりそうなものを排除しようとするのだと思います。

 先の尖った筆記具は危険だというのなら、鉛筆こそ最も危険な筆記具となり得ますが、ならばと鉛筆を禁止してサインペンを使わせると、容易に消すこともできず、ふと悪戯心を起こして近くにいる友達のお洋服に「消すことのできない」悪戯書きをしてしまうかも知れません。そんなことをいろいろ考えて、長い長い学校というしくみの歴史も振り返って、一番無難そうな、つまりは文句を言われる可能性が最も低そうな筆記具が鉛筆だということです。

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 小学生の次男は、1、2年生の頃、硬度2Bの鉛筆をぎちぎちに握りしめ、指が紫色になるほどの筆圧をかけて芯をポキポキ折りながら金釘流の文字を書いておりました。その次男に、お父さんがイチビって萬年筆を与えてみたところ、みるみる筆圧が下がり、鉛筆を握らせてもぐっと楽そうに、より整った(マシ、という程度ですが)文字を書くようになりました。

 小学校でシャープペンシルや萬年筆が禁止されているならば、せんせいを憐れんであげることです。あれこれと理由にならない理由をつけなければならないのは本当にお気の毒ですが、中学校の教師もまた、同じような苦しみを抱えているのです。

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 学校に携帯電話を持ってくる生徒がいたら、「学校で使う必要がないものを持ってきちゃダメだよ」と言います。保護者から子供に緊急に連絡したいことができたら、学校にお電話くださればすむ話ですし、その逆も同じです。遠距離通学している子供がいて、道中が心配だから、というような場合なら、携帯電話を持ってくることも認めます。そこで、校門を入ってからまた出るまでの間は使わないように、と指導することが、それほど理不尽なことでしょうか。

  大多数の保護者は学校がヘマをしない限り、学校を信じて協力してくださるものです。 犬が人を噛んでもニュースにならないが人が犬を噛むとニュースになるのと同じで、いわゆるモンスターペアレンツというのはごくごく一部の人たちなのですが、この人たちの破壊力が実に大きいので、結局そこにフォーカスして危機管理をするようになってしまうのでしょう。

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 せんせいによる「何でもかんでも禁止」というのは、学校という特殊な社会の秩序を維持するためにはやむを得ない部分があると思いますが、たとえば、鉛筆と同等の使い勝手を持ったシャープペンシルとか、海外で多く使われているような学習用の萬年筆とか、そういうものを開発し、学校での学習活動に取り入れていくことが必要なのではないでしょうか。

 実は今日、生徒たちが作った小冊子を綴じようと機構部が90度回転するステープラーを使っていたところ、ほとんどの先生方が驚いておりました。生徒を指導する側のせんせいが筆記具をはじめとする文房具に疎いこと、これも結構大きな問題ですね。仕事と生活に追われて、ロクに勉強できないでいるせんせいたち。ここを何とかしなければ、明るい未来なんて望めないと思います。偉い偉い政治家の皆様、教育は票にはならない、なんて言いますが、もう少しだけ教育にもお金を回してくださいませんか?それぞれの学校であと数人ずつ、せんせいをふやしてくださるだけでも、状況はだいぶ違ってくるはずです。

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コメント

ろくな勉強が出来ないのは先生だけとちゃいますよ。
諸般の事情があって、現在私所謂中小企業というところに勤めてるのですが、これがもう電子情報に関する加工・管理・防御に関する知識がまるで無く、また情シス部員もそれに毛が生えたかどうかレベル何で、雰囲気的にはビクトリア朝初期って感じです。
もっと小さい会社でも、勉強されているところはちゃんとあるんですが、一度情報鎖国体制を取ってしまうとこんなかんじみたいですね。
社長は外部からそのあたりの「常識」をもった人を輸血する事でなんとかしたいみたいですけど、如何せん「写真を撮られると魂抜かれる」みたいな拒絶で外部の人が定着しませんorz
学校も企業から人を呼んだりとかいう話を聞きますが、やはり上手くいっていないと聞きます。
うまいこと人材交流できんもんですかねぇ?

ちょうど今 小学校の遠足シーズンが始まりましたよね。勤務している公園で、子供たちを相手にドングリ拾いをしながら、環境教育のお手伝いをさせていただいております。
今の先生方が、勉強をする時間がないというのは良く判りますが、それだけではないような気がします。カバーしなきゃならない範囲が広くなりすぎたんじゃないでしょうか。もっとも各分野はそれほど深くないのでしょうが、浅く広く、、、これも難しいことだと思います。

父兄を上手く巻き込んで、展開する なんてのも、お題目としては有効なんですけど、読んできたときのケアをどうする??なんて余分な話まで飛び出して、大変です。自分の子供たちなんだから、って、押しつけちゃだめなんでしょうか。

 ardbeg32 さん

 ほんと勉強するのってたいへんですけれど、日常のちょっとしたことに興味を持つ、というだけでもだいぶ違うと思うんですね。去年まで、前まで、こういう風にやってたから変えるのはちょっと、というのは人間の本質らしいのですが、少しずつ新しいことや変わったことも混ぜていかないと衰えていく一方だと思いますね。

「国家100年の計は教育にあり」として教育制度を改革してきた明治維新政府の精神は、いまの政治家の胸中に無いのでしょうか? あったらもっと教育にお金を使ってるでしょうね。松下政経塾出身初の総理大臣ですが、「国家100年の計」を持ててるか疑問に思えてくる最近です。

 J-ROADCREW さん

 総理の党に山梨選出の参議院議員さんがいますけれど、あれたしかうちの業界出身者ですよね。しかも党の実力者。そういうことを考えてみると、日教組っていうものがだいたいどんな団体だったのか,どこを向いていたのかということがよくわかります。あの団体がなければ状況は変わっていたかもしれません。

 きくぞう さん

 養老公園は絶好のスポットですね。そこへ遠足できる小学生は幸せ者だと思います。

 高齢の人ほど、学校に協力してくれますね。リタイアしてるので時間にゆとりがあるのはもちろん、昔の学校とその周りの社会を知っていることも大きいでしょう。顔はよく見るけど名前も知らない、でも自分ところの近所の子供だとわかっている、昔はそういう子供に大人たちが躾をしたわけです。今、ヘタにそんなことをするとその子の親にシバかれます。子供が家に帰ってから、自分の非をいっさい言わずに「おっちゃんに文句言われた」と親に訴えるからです。そこで「お前は何もしてないのか」と尋ねない、訪ねられない親がどんどん増えていることも問題ですね。今の親世代、自分が子供の頃にも同じようなことしてたはずなんですが・・・・・。

先生をいじめる風潮というのを、少なからず感じます。学生の頃の私が感じていたのですから、実際に職についていらっしゃる先生方はもっとしんどいのではないかと思います。

理不尽かも知れないけれど、私は規則だから守れ、と言っていいと思います。勿論、その規則について是非はあるかも知れませんが、規則を守ることは大切だということを教えるのが学校だと思います。

少し前に読んだ話です。10月になって、暑さが少しぶり返し、半袖でも良さそうな日だったのに、学校に長袖で行く息子を不思議に思った親が「半袖にすればいいのに」といいます。息子は「規則だから」と長袖で学校に行きます。学校の先生は半袖。「なぜ先生は半袖なのですか」ときいて、怒られた。著者(=親)は、次のように締めくくります。「先生は理不尽な規則であると分かっている。それを守ることで規則を守る大切さを教えられれば一番だったが、この先生はその好機を逃してしまったのだ。しかし、こんな理不尽さもあるという別のことを息子は学べたのではないだろうか。」

規則を守る大切さも、理不尽さも学べるという意味で、理不尽な規則の多少は寛容したほうがいいのではないかと思います。少なくとも私は、高校を出て以来、規則を守ることで辛い思いしかしないという理不尽に直面して、しんどいばかりなので、その理不尽さを知るための規則があってもいいと思うのです。

 達哉ん さん

 世の中は不条理と理不尽で8割方できあがってますからねぇ。そうであればこそ、心温まる話や正義を行った話に感動できるのだ、というのはブラック過ぎますかね。

 私の勤務地では「更衣調整期間」があるのが一般的です。今年ですと9月の最後の週から10月の中旬まで。今、10月でも寒いぐらいですけれど、これがまた中旬頃に夏みたいな日も出てくると予想してのことです。これだと、規則は守らせられるし、何より大切な「自分で体温調節する」ことを学ばせるきっかけにもなります。

 政治家や警察官、身近なところで学校の先生など、一定の権力、権限を持っている人に逆らいたいのは人の常で、特に強制力を何一つ持っていない権力者である先生は狙いやすいターゲットです。警察官いじめると公務執行妨害にあたる場合がありますが、教員に対しては何をやってもかまわない、というのが日本国民の総意になりつつありますね。

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