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2010年9月25日 (土)

ラピュータ

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 飼い主に甘える「ちち(仮名)」さん。顔の半分どこ行ったの,という感じですが、ケージの柵に前脚をかけ、できるだけ飼い主の手に顔をすりつけようとしているのです。肉眼で見ていると何とも可愛いのですが、写真になると「???」ですね。

 お彼岸の中日は大荒れで、高野山にあるお墓へお参りするのを断念。まだお彼岸は終わっていない、ということで、仕切り直して高野山へ墓参に出かけました。

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 南海高野線の終着点、極楽橋駅です。全席指定の有料特急こうや号と、こうや花鉄道の花形、「天空」が並んでおります。360度山に囲まれた、少し前までは携帯電話も使えなかったような辺鄙なところにある駅ですが、3面4線に引き上げ線まで備えたなかなか立派な駅です。

 姿は見かけてもなかなか乗ることのできない「幻」の列車、それが天空です。公募で決まったということですが、なかなかうまくつけたものだと思います。いつもお墓参りにつきあってくれる次男のために(という大義名分で)ようやく乗車することができました。

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 中央は車内に備え付けられているパンフレットで、その両側が座席指定券です。こういうの、どっかでみたなぁ・・・・・と思いませんか。乗車後の区間変更や、切符を買わずに飛び乗ってしまったときなどに車掌さんから買う車内補充券そのものですが、「天空」とか印刷されているところが救いです。

 天空に乗るための第一の関門は予約。9時から5時の間に電話で予約しなければなりませんが、これがけっこう難しいのです。ようやく予約できても、乗車当日、列車の発車40分前にならないと指定券の引き換えをしてくれません。高野山に着いて、帰りは出札窓口が混雑するからと先に引き換えておこうとしても断られてしまうのです。

 案の定、今日も窓口が大混雑。空いている早めのケーブルカーで極楽橋駅に下りよう、という目論見だったのですが、当日券を求める人が参加したことでさらに混雑が激化し、予約していたのになかなかケーブルカーに乗れない、という状況でした。この点だけは何とかしてもらいたいところです。

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 2号車の難波寄り乗務員室そばの8人用のコンパートメントは、展望デッキにも隣接していますので、グループで行くには最高の「勝ち席」でしょうか。それ以外では、ブルーの席が上席で、ピンクはちょっと残念な席かもしれません。天空の運行区間では、ブルーの席の眼前にのみ、(わずかに)展望が開けるからです。

 乗客による座席の指定は受け入れられません。電話予約を受けるときに、人数などを勘案して割り当てていくようです。勤め人にとって過酷なこの予約ですが、当日空席があればあっさり乗れますので、ふらりと旅をするなら当日券狙いも悪くない選択でしょう。実際、今日のように乗客が少ないと、ピンクの席には誰も座っていませんでした。

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 70年代初頭に製造されて高野線で活躍していた22000系「角ズーム」が天空のタネ車。支線に転出していたものが呼び戻された形です。ただ、2両分8台の電動機を1つの制御器で扱うという仕様ゆえ、1両が故障すると走行できなくなるため、運転保安上、かならず難波方に2000系を連結して運行されます。結果として、天空には自由席がある、ということになります。

 天空自体、時刻表にもあまり載っていないような列車で、さらにはその自由席となると、まさに「幻」の列車。「鉄」はそういうのが大好きです。交換のための運転停車をのぞくと学文路と九度山にしか止まりませんが、多客期にはけっこうおすすめの1本です。

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 天空にの車両、元々の車番は22013と22014で、のちに2203と2253となったものですが、「天空」となるにあたって再度改番されています。高野山側の車両が2258、もうこれは、58で「こーや」と読ませたい、というのが丸わかりです。もう一両、橋本側の2208はいささか苦しくて、「は」しもと側だから8、ということだそうです。

 この車両が22000系としてデビューした頃は、夏休みの帰省の際に必ずお世話になっておりました。当時はケーブルカーで積み残しが出るほどの混雑ぶりでしたが、昨今は車で高野山を訪ねる人の方が多くなったようで、電車の方は真夏でもそれほどの混雑は見られません。そこを何とか需要を喚起しようという「こうや花鉄道」プロジェクトの、文字通り花形というべき天空。もう少し乗りやすくなると、お客さんも増えるのではないかと思います。

 いけません、鉄な話題だと、つい長くなってしまいますね。今日はこの辺でおしまいにして、後日に続きます。

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コメント

 ラピュータというタイトルを見て、セイコーがかつて出していた時計型のPCかと思って飛んできました(違いましたが……)w 髭のおじさんが作った「天空のなんちゃら」の方ですね。
 しかし、一度は乗ってみたい綺麗な色の車両です。

2208では無くて、2202で良いのでは、、
2253とペアで「こーやとーふ」
お後がよろしいようで。。。スタスタスタ

ごめん、2258か
2253なら「ごみとーふ」やんか

天空ですか~冥土へ近づくようで何やら気が締まりますな・・拝見した所、吊革や優先席が見当たりませんが、わたしゃ何処で寛がせてもらおうかな?(笑)

 高野山は学生時代のゼミ合宿で一度だけ行きましたが、特急にも急行にも乗らなかったので、極楽橋まで恐ろしく時間がかかったことを覚えています。こんな列車で行けば快適だったでしょうに。
 合宿の主な目的は文書などの見学ですが、深夜になると寄宿する高野山大学の学生と花火をしたりして合コン状態でした。女子大のゼミ合宿なんて、先方からしてみれば一大イベントだったことでしょう。

 ガマ さん

 ありましたね、そういうの。当時はHP-100LXなんてものを持ち歩いてましたから、腕時計サイズっていうのにはそそられました。そのあとPalmからiPod Touch、全然小さくなってません。老眼が進んだせいもあるのですが・・・。

 マオぢぃ さん

 うまいですね、それ。最近の南海車は、2両編成だと1からと51から、っていう付番規則があるようなので、1の位を揃えたんでしょうが、どうせなら思い切ってやれば良かったですね。

 夢待ち人 さん

 かけ心地は悪くないものの、背もたれの低いシートなので、この列車の運行時間、約50分というのがちょうど良いところでしょうか。学校の授業で座る椅子よりはだいぶんマシなシートです。

 この列車に乗ったら、展望デッキで立ちっぱなし、というのも意外によいかもしれません。

 るり千代 さん

 夏から秋にかけての高野山はまさしくそういった合宿その他のためにあるようなものです。夜は花火くらいしか娯楽がないですしね。

 天空が運行されている区間、もっとも厳しいところでは制限速度が30キロ少々です。勾配があるとはいえ、自転車に併走されたら軽く置いていかれるような速度で走っておりますし、基本的に特急以外はすべての駅に止まりますので、それを逆手にとって、ゆっくり走るのを楽しむ、というのがこの天空なのです。

アニメのタイトルかと思いましたが、棒が一本多かったですね。

でも、この変わった座席の配列なんて、きっと鉄分の多い方には人気なんでしょうねぇ。景色を楽しませながらゆっくりゴトゴト走って行くというスタイルは、案外これからの鉄道には必要な考え方のかも知れません。タダ、線路の占有時間が長いわけですから、それなりにお高くしないと採算が合いませんけど、風光明媚な所を走る列車ならではの楽しみ方って、万年筆の楽しみに通じるのではないでしょうか。

 きくぞう さん

 この路線、かつては1時間に2本の列車が走っておりましたが、現在は1時間に1本というのが基本です。

 だいたい、沿線の集落から見て、どこに駅があるのかもわからないようなところを走っている路線です。

 ゴトゴトと、のどかなところはコンセプトにぴったりですけど。

 橋本から先は高野山(極楽橋)があるから、運行しているようなもので、専用の車両が必要となってくるので、南海電鉄も旨みが少ないのでしょうね。
 元々は汐見橋から極楽橋と橋から橋へ、橋本を通過して通る鉄道でしたが、いまも汐見橋からの直行はあるのでしょうか?

 くーべ さん

 難波~岸里玉出間で南海本線と高野線が併走していると思っている人が大半ですが、くーべさんのように正しいことをを知っている人もいるわけです。

 線路の立体化工事により、岸里駅と玉出駅が合体し、汐見橋から高野山方面へ直通することはできないようになりました。この天空に使われている車両、おそらく汐見橋と岸里玉出の間で走っていたのではないでしょうか。

 汐見橋駅はできたときには道頓堀駅というすてきな名前だったそうです。阪神なんば線ができるとき、汐見橋駅ができるかと期待されたのですが結果は桜川駅。今や、そんな駅どこにあるの、という状態になっておりますね。

 同じ南海の天王寺支線が堺筋線延伸の際に売却されたのと同じように、なにわ筋線建設の際には売却して・・・という目論見で残っているだけのような気もします。

南海の天王寺線はなつかしいです。
国鉄天王寺駅の地下の南側の真っ黒なプラットフォームから天下茶屋まで乗っていました。
途中の今池の駅では横の三角公園で労働者が暴れて良く電車が停まってました。
ちなみに小学生のころは平野線の田辺駅から松虫駅まで
通ってました。
たぶん子供で乗車賃は7円だったかなあ?
もっと小さい時地下鉄御堂筋線の天王寺から南に行く途中で線路は上の部分が無くて、今のあびこ筋の下を溝みたいな線路(上が無くて空が見えた)を走ってました。
いつ頃蓋をしたのかなあ。。。

いやぁ、初耳です。
さすがにテツな方は見るところが違いますね。

 マオぢぃ さん

 おぉ。地元で子供時代を過ごした人にしか書けないですね、こんなこと。凄いです。

 平野線っていうのも凄い。御堂筋線がオープンカットのままだった、っていうのも感動。

 気がついたら都会だったように思う大阪市内にも、こんな昔があったのですね。

 二右衛門半 さん

 萬年筆の世界にも、器の世界にも、それぞれ視点の違う人がいるのと同様ですね。

 鉄の世界にも、乗り鉄、撮り鉄、葬式鉄なんて区分があります。最近、にわか撮り鉄が社会に迷惑かけまくってるようですが。

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