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2010年7月15日 (木)

不安定

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 いきなり目が回りそうな写真で失礼します。散歩に行けなくて欲求不満な「ちち(仮名)」さんを玄関の板の間で遊ばせているところを、引っかかれないように階段に座って撮った1枚。犬にとって、滑りやすい板の間は鬼門で、最悪の場合、脚を痛めることもあります。しかし、まだまだ子供の彼女、運動すると「催す」ものですから、仕方なく板の間で遊ばせているのです。

 ここ数日、雨が上がっていると思って外に出るといきなりの大雨、ということが日に何度も繰り返されておりますので、危なくて散歩に出られません。実に不安定な天候です。

 実に一昨年の11月に記事にしておりますが、居間の近くに置いて主に妻が使っているPCを入れ替えました。それまで使っていた自作機が動作不安定となったものの、私自身が非常に非安定で疲れた状態だったものですから修復する気力がなく、イーモバイルのデータカードと一緒に買うと大幅値引き、というヤツに乗っかってメーカー製のPCを買ったのでした。その前日の記事に登場した「ちち(仮名)」さんを見ると、また子犬が欲しくなりますね。
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 以来20ヶ月、放置されたままであった元のPCを、本日ようやく復活させることができました。CPUやメモリ、HDDは言うに及ばず、光学ドライブまで抜き取られてただの箱になっていたのですが、ソフマップで一番安く売られていた中古のマザーボードを軸に、安い、という条件だけで集めてきたパーツで再度組み上げて、見事、Windows7マシン一丁上がり、です。

 何事もなく動作していた頃はWindows VISTAでしたが、CPUがAthlon64X2 5600から4000へとおとなしくなり、RADEONを抜き取ってオンボードVGAでの運用となったにもかかわらず、それほど重くなったようには感じられません。やはり、VISTAは未熟なOSだったのか、などと勝手に納得しております。
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 あとはHDDと光学ドライブを取り付ければ完成、というところで記念撮影。老眼が進んでいるので、マザーボード上の極小シルク印刷文字を頼りにこれまた小さなヘッダピンを差し込んでいく作業、どんどん辛くなってきました。そのうち、手が震えてPCの組み上げなどできなくなってしまうのかもしれません。

 元々このケースに付いてきた電源があまりにショボかったので迷うことなく棄ててしまい、安いながらも多少はまともな電源をのせたのですが、今度は出力ケーブルが余りまくって始末に困ります。ケース内にはケーブルがのたうち回っており、これがエアフローを邪魔して熱気がこもり、結果としてマザーボードがお亡くなりになった、というのが本当のところかもしれません。
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 組み上げてから片付けをしているとき、初めてマザーボードのメーカーがFOXCONであることに気づきました。ただ安いものを、というだけで買って来たものですので、なにかしら黒っぽい箱に入ったマザー、という認識しかなかったのですが、FOXCONとはまた、今話題のメーカーではありませんか。

 今日も便利にiPod Touchを使わせてもらっていますが、iPhoneの製造委託先のひとつであるFOXCON社では従業員の自殺率が異様に高いと報じられ、たまりかねたAppleがFOXCONに賃上げを提案した、などとも言われております。本当に嫌なことばっかりですが、やっぱり生きていてこそ、です。

 奇しくも今日は、暦の上でのお盆。関西人の私にとって、お盆といえば8月ですが、死んでしまっていたマシンが帰ってきた日がお盆、というのも何かの縁なのかもしれません。そして今日はもうひとつ、記念すべきファミコンの日、でもあるのです。そういえば、本当に鈍くさい私。スーパーマリオブラザースをやりこんでも、ついに最後までクリアできなかったのを思い出してしまいました。
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コメント

なにか知らんが、「ちち(仮名)」さんが夢に出てきた。
何時もなら、昔飼っていた「ころ(本名)」さんが出てくるのになあ。

PC完成おめでとうございます。お疲れ様です。

それよりファミコンのコントローラーが懐かしいです。

たけしの挑戦状やくにおくんとかをやったのを思い出します。

80年代半ばの理系大学生は圧倒的に一人一台以上のファミコンがありましたね
 受験合格の春、友人のアパート引越しを手伝った際の記憶は「スーパーマリオ」と「岡田有希子の自殺」でした…
 僕自身ファミコンは従姉の子(幼稚園児)にマリオカートでボコボコにされて以来、殆ど触りませんけどねw

私はファミコンは遊んだことはありません。
私の学生時代には無かったですから、常に持っていたのは計算尺です。計算機高すぎて買えませんでした。
コンピュータ初めて触ったのが入学の年で、最初はフリップフロップの論理回路の講義だったかなあ。
個人では何年も経ってMZ-80Kからです。
アッセンブラはZ80は使えましたが8086系は使えません。(不正コピーのCP/M使ってました)
雑誌I/Oに掲載されていた、インベーダーとかスタートレックなど打ち込んで遊んでいた記憶があります。

 うちのはファミコン2(任天堂純正)です。ファミコンなんて80年代のものと思われがちですが、任天堂は2003年まで売っていたんですね。RF接続は流石に面倒と思い買い換えましたが、RF接続時代にしかあまり遊んでいないなぁ。

 マオぢぃ さん

 なんでしょうね、見慣れたからでしょうか。昔の犬はイメージとしてはありますが、思い出しにくくなってきています。

 masa さん

 ファミコン、意外と短い期間しか触っていないのです。あまりのちゃちさに自分では買いませんでした。

 ちなみにこちら、コントローラー型の名刺入れです。

 ともぞー さん

 最初に勤めていた学校で、私のクラスで一番手のかかるやんちゃ坊主の家に毎晩通ってました。学校では他人の手前もあってまともに話を聞かないからですが、マリオやりながらいろいろと話したのを思い出します。

 マオぢぃ さん

 I/Oって、懐かしいですね。昔は本当にコンピュータの中身が近くにありました。今や、使うだけ、です。

 くーべ さん

 そんなに遅くまで売ってたんですか・・・。

 RF接続、家ではやったことないですね。職場では屋上のアンテナから来て減衰しまくった信号で何とかテレビ見ようとやったりしてましたが・・・。

高校時代にゲームセンターでインベーダーゲームが流行りました。名古屋打ちとかあったと聞きましたが、歩く校則と言われた僕は足を踏み入れた事もありません。

大学にはいると、ポケコンにゲームを入れて遊びました。パソコンはフロッピーの出る前のFMシリーズとかMZシリーズとか、高くて買えませんでしたが欲しかったなぁ、、、

生物を扱う学問は、必ず統計処理が入りますからプログラムをベーシックで組み、マシン語にコンパイルして走らせていました。一晩がかりで計算する事もありました。

昔はアルゴリズムを組み立てて、コンピューターを使っている実感がありましたが、今はいろんな事が出来る便利な箱に成り下がりましたよね。

 きくぞう さん

 マイコン(死語、あるいは意味が変遷)といえばBASICでしたね。当時はそれがOSなのだという認識も薄かったように思いますが、それでも使っているという実感は今より濃かったですね。

 大学祭の夜、一晩中麻雀ゲームを走らせ続けたMZ-2000が、明け方にスロー再生にみたいになって落ち、あぁ、PCは熱に弱いのだ、と認識したこともありました。

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