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2010年3月17日 (水)

この1日のために

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 深夜に帰宅した飼い主にストロボ撮影されて迷惑そうな「くま(仮名)」さん。飼い主が帰宅すると喜んで迎えるのがワンこの性ですが、それも程度問題。あまりにも遅く帰宅した場合には顔を少し持ち上げて{フンッ」と鼻を鳴らしてまた寝る、というパターンがほとんどです。

 今日は現任校で8回目の卒業式。司会ををするようになって7回目の記念すべき式でした。私自身を冷静に評価すると、これまでで最も落ち着いていたように思います。普通の先生は3年に一度、当事者として式に参加するのが普通ですから、8年連続というのはヴェテランの域。問題なくこなせて当たり前で、失敗するなんてあり得ないことなのかもしれません。
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 今年もまた、涙、涙の感動の卒業式となりました。修学旅行からの帰途、もうすぐ学校に着く、というときのバスの車中。体育大会が終わった直後。そしてこの卒業式が終わって生徒が退場していくとき。学級担任でないことが悔しく、残念に思われるのはこの3回です。それ以外の時は、大変な思いをしている担任の先生方に申し訳ないと思いつつ、あぁ担任でなくて助かった、と思うことの方が多いものですが、このときばかりは担任に嫉妬してしまいます。

 特に、1年から3年まで同じ学年に所属していた先生というのは、生徒との結びつきも深く、そこにはどうやっても他の者では作り上げることができない教師と生徒との関係があります。そのことを見せつけられるのが卒業式なのです。
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 1年以上、布製のペンケースの中に収められたままになっていたプラチナのリビエール。銀でできた胴軸とキャップがとてもいい感じになっております。燻しては磨き、磨いては燻しを繰り返しているオジ様もいらっしゃいますが、このペンをここまでいい感じに仕上げたのは時間です。こればかりは、いかに上手に硫化液を使おうとも、なかなか出せない味わいかと思います。

 毎年3年生に所属して、生徒と教師集団を迎える、永遠の外様である私。やはり1年生の時からずっと共に歩んできた先生には勝てないところも多々ありますが、それでも卒業式となれば涙腺がバカになってしまいます。司会者としての緊張感があるからその程度で済んでおりますが、そうでなければ毎年泣いてしまっていることでしょう。やはり、卒業式というのは学校にとっても、生徒にとっても、そして教師にとっても、その1年で最大の行事なのです。
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 大変なことばかり多くて、あまりやりたがらない人の方が多いのが3年生の担任。選べるのならば3年生の担任をやらせて欲しいと思っている私のような者は少数派、ヘンタイというのが実態です。けれども、どうせやるなら最終学年。この1日があるのなら、お願いしてでも3年の担任をやりたい、と私は思います。学級担任を離れて7年。いつの日か、もう一度卒業式の日に泣く担任になりたいと思っています。この1日のために。
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コメント

中学卒業か?

私の場合は大阪一ガラの悪い中学から、大阪で二番の進学校へ行きましたが、中学生活の方が記憶に残っています。
制服で飛田の同級生の家に行く途中で「にいちゃん、寄っていけへん?}とか、ナイフで脅かされたとか、色々有りました。

子供から大人になる途中、大人の事や世の中のなど先生がもっと教えてくれたら、今もっとまともな大人になっていたかも?とか思ったりします。(勉強の事ではありませんが)
どうも、私は良い先輩先生に当たらなかったのか、、
自分勝手かなあ。。。

娘の学校だけなのかも知れませんが最近では卒業式で「仰げば尊し」は歌わないらしいです。僕に言わせれば「仰げば尊し」を歌わないなんて....て感じです。さすがに蛍の光は歌うらしいのですが....
国歌、仰げば尊し、蛍の光は歌って欲しいなあ

卒業式は、卒業する本人たちより周りの人のほうが感慨深くなるのかもしれませんね。
特に送り出す側としては、それもひとしおでしょうね。

私たちの卒業式は事前の曲目選考の時に、「仰げば尊し」が選考リストに入っていないにも関わらず「皆で歌いたい」という話を先生方に伝えました。
「仰げば尊し」のような曲は敬遠される風潮の中でのことでしたので、選考リストをまとめた先生方の驚いた顔を今でも覚えています。

 マオぢぃ さん

 でも、私にとってマオぢぃさんはえぇ先輩ですよ。ほれ、試験できた、バッチリや、って子に限って落ちてくるでしょ。あかんかったわ、という子は通ってます。だからマオぢぃさんはしっかり勉強してきた、っちゅうことでんな。

 しげお さん

 仰げば尊し、には涙腺を刺激する効果があります。先生と生徒の間に差があるのは良くない、同じ人間なんだから・・・・・って言ってた先生たちに育てられたのが今親をやってる世代。私もそうでしょうね。だから人を敬ったり大事にしたりすることが「上手でない」のだと思います。

 国歌は「歌うように指導」することになってます。私の生徒たちはしっかり歌ってました。今、「旅立ちの日に」ってのが強くて、この牙城はなかなか崩れそうにないですね。

 要は、式に出た人の心にしみる歌ならいいんです。

 su_91 さん

 私みたいに毎年司会者やってますと、よっぽどでないとウルウル来ないようになってしまうのですね。それでも自分が3年間つきあった学年なら別なのでしょうけれど、そういうこともありませんし。

 enoki さん

 「仰げば尊し」を歌わせるのは反動的な教師だ、っていう思い込みというか、そう考えないといけない、みたいな風潮がこの業界にはあるのかも知れません。送辞や答辞の作成などを指導するのは、なぜかそういう原理主義的な教員であることが多く、だから送辞や答辞の中に世界平和やら飢餓に苦しむ人やらがとってつけたように入ってくるのではないか、とノンポリな私は思ってしまうのです。

 新任教員だった頃、尊敬していた先輩教員が「でも、仰げば尊し聞いてたらグッとくるわなぁ。あれ、ええ曲や」と素直な感想を漏らしたのを聞いて、ますますその人を尊敬してしまいました。

残念ながら仰げば尊しは卒業式で歌ったことはないですねぇー。
おかげで?今でも全部は歌えないです。
中学高校の校歌は中高一貫だったおかげか今でもばっちりですが、小学校の校歌は歌詞が少しあやふやながら歌えます。
そういうのって意外と珍しいらしいですね。
大学の校歌は全然駄目です。

私の卒業式では卒業生全員でブルーハーツの『TRAIN-TRAIN 』を歌いましたよ。
先生たちには内緒で各クラスの学級代表が集まって企画し、式の終わりに全員で揃って歌いました。歌い終わった後、卒業生全員でクラッカーを鳴らして『卒業万歳!』といって式場から走って出て行ったのを憶えています。
式の後、私を含めた学級代表全員が生活指導の先生にこっぴどく怒られ、罰として式の会場だった体育館の掃除をさせられました。
今となっては楽しい思い出です。

卒業式と言うと、私にとっては大して前のことでもないのに、随分昔のことのように思い出されるのは卒業式を経験して以後、人生でもかなり辛い時期に当たったからなのではないかと思います。

卒業式、いつも懐かしく思い返しますが、私の高校ではそれぞれにクラス担任にサプライズを用意していて、そのサプライズの中で、いきなりの発案により、合唱指揮をとることになったのは(合唱コンクールで指揮者だったとはいえ)自分にとってのサプライズでした。

今でも友人と話していると、高校時代はよかった、中学時代はよかった…と昔のことが思い出されます。今みたいに変に苦しむことはなかった中学・高校時代でした。多くの人がいるコミュニティを苦痛に感じる人も少なくない中で先生も含めて様々な人に話をしていた私にとってはやはり大きいコミュニティの方が向いていたのではないかと思います。

卒業式の日の先生方の気持ちは、私では察しかねる部分もあるのでしょうが、それでも、部活の顧問の先生にペリカンM250を部員全員で用意して、「今までありがとうございました」と渡した後に、顧問の先生に「部活中でも色々と…卒業式の日もこういうサプライズがあって、ホンマに顧問としても面白い学年やったわ。お前らみたいな活発な活動がこの後も続いたらええなぁ」というのは、今でも心に残っています。

 二右衛門半 さん

 小学校からの校歌を全部覚えてる、っていう人は珍しいですが、以外と小学校の校歌は覚えている人が多いようです。かくいう私もそうですし、関西の親方もそう。6年も過ごしたのですし、何でもよく吸収する年頃ですからね。

 wavio さん

 式と名のつくものは儀式的行事といいます。で、実はこれも先生が生徒に指導するもの、学校で教える中身の一部なのです。

 ですから、生徒にとっては意味の見いだしにくい練習やリハーサルを繰り返すのです。卒業式の場合、やっぱり生徒が主役。送る人、送られる人、そして見守る人。その三者にとって良い式、というのを目指すべきものですので、クラッカーはNGでしょうね。

 このサプライズ、昨年はクラッカーが鳴ったので、今年はやめて欲しいなぁ、と思っておりました。練習の時、生徒たちに「ならした学級の担任の先生、あとで職員室で謝りまくりやったで」と話しておきました。それだけで「そういう泣かせ方はやめよう」と思ってくれた生徒たちは偉いと思います。

 あ、ちなみに、もしそういうことがあっても、よほどのことでない限り残して指導、っていうのはやりませんね。

 達哉ん さん

 顧問の先生にペリカン、っていうのがいいですね。

 トータルで見ると、辛い時期の方がより大きく記憶に残るかと思いますし、自分の糧になるかと思います。職員室の机の上に紙一枚置いておけないような荒れた学校に勤めていた頃は、もうこの仕事やめなくては、と日々思っていましたが、その頃の経験が今の私をつくってくれているともいえます。

わたしあの手の人たちがどうにもアカンのは、世界平和とかいう前に職場内平和しろよとか、あれこれ反対すんのはええけどほんで代案は?とかすごく考えがあさぁ見えるんがかなんのですわ。
送辞答辞を読む生徒の一生の思い出になる演台に飛び上がってごたごたを見せつけるのが教師の仕事かよと。
ものを教えて貰うのに上も下もあるかいな、ただ尊敬と感謝だけやろと思うんですが、なんで仰げば尊しが目の敵にされるんかさっぱりわやです。本気でああいう人と膝交えてじっくり話聞かせて貰えんやろかとよぉ思います。
あんま関係ない話すんませんでした。

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